著者:吉越浩一郎
出版社:日本実業出版社
出版日:2013年11月14日
若者の出世観と意識調査
「2012年度 新入社員意識調査アンケート」によると、63%の新入社員が「出世しなくても好きな仕事を楽しみたい」と回答している。つまり、若者の約3分の2は「社長を目指す」という夢や野心を持たずに社会に出ていることが分かる。
吉越氏の驚きと問題意識
吉越氏はこの結果に驚きを隠さず、「動物としての自然な本能が日本の若者から失われている」と危惧する。出世欲を持つ社員ほどモチベーションが高く、会社の成長スピードも速いと主張している。
序章に込められた刺激的なメッセージ
本書は「草食系」のような消極的な若者に歯止めをかけるべく、「社長を目指すこと」を提案している。序章では厳しい言葉をあえて用い、次のような主張が展開されている。
- 出世すれば仕事の自由度や裁量が広がる。現状に甘んじる人は気の毒であり、目を覚ますべきだ。
- 社会は理不尽だからこそ、勝つために努力する必要がある。
- 「置かれた場所で咲く」生き方もあるが、それを選ぶなら惨めな結果も受け入れる覚悟が必要だ。
こうした挑発的な言葉は、若者を奮起させる狙いがある。
社長を目指すことの意義
吉越氏は、「社長になるのは夢物語」「自分はマネージャータイプ」と考える人にも、目標を社長に置いて働くべきだと説く。理由は、社長を目指す過程で必要な能力が自然に身につくからである。実際に全員が社長になる必要はないが、誰かから「次の社長を任せたい」と思われる存在になることが大切だと語っている。
吉越氏の生い立ちと決意
吉越氏が「社長になる」と決めたのは16歳の頃。大学卒業時には「40歳で社長になる」と期限を定めていた。彼のキャリアは半官半民組織での経験から始まり、その後「メリタ・ジャパン」や「メリタ・パシフィック」で活躍した。そこで得たのは「仕事は結果がすべて」という考え方と、PL(損益計算書)に基づいた経営感覚であった。
トリンプ・インターナショナルでの成功
その後、トリンプ・インターナショナルに転職。売上を劇的に伸ばし、1992年に社長に就任。1986年度に約100億円だった売上は、2005年度には524億円超に成長。19年間連続で増収増益を達成し、「伝説の経営者」と呼ばれるに至った。
成功を支えた二つの要素
吉越氏は成果を出し続けられた理由として「アントレプレナーシップ」と「倫理観」を挙げている。
- アントレプレナーシップ:常に全体最適を考え、反対にあっても実行する力。
- 倫理観:社長として大きな権限を持つからこそ、誘惑に負けない姿勢。小さな不正でも必ず露見するため、誠実さが欠かせない。
社長を目指すことで身につくスキル
本書では、社長を目指すことで得られる具体的なスキルが紹介されている。その一部を挙げる。
- リーダーシップ:結果を出すことが最重要。結果が出なければ部下はついてこない。
- マネジメント力:最後までやりきる力と、組織内の責任を負う覚悟。
- 問題解決力:根本原因を解決する強い意志。問題を放置せず、再発防止まで徹底する姿勢。
こうしたスキルは「社長を目指す」という意識を持つことで自然と磨かれる。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、著者である吉越氏の体験に裏打ちされた迫力ある語り口だろう。序章から始まる苛烈な言葉の数々は、一見すれば説教臭いようでいて、実際には現代の若者が抱える安逸志向に対して痛烈なカウンターを浴びせる効果を持っている。経営者としての豊富な実務経験や、トリンプ・インターナショナルを劇的に成長させた実績に基づく主張は説得力があり、単なる精神論ではなく具体的なビジネススキルや経営判断の重要性を伝えている。また「アントレプレナーシップ」や「倫理観」といった普遍的テーマを核に据えることで、時代を超えて通用する指針を提示している点も評価できる。
悪い点
一方で、著者の語り口の強さは裏を返せば一面的な押し付けと感じられる危険性を孕む。「オンリーワンは負け犬の遠吠え」といった断定的な表現は挑発的でインパクトがあるものの、多様な価値観を尊重する現代社会においてはやや過激で、読者の一部を遠ざけかねない。また「全員が社長を目指すべき」という主張は理想論としては理解できるが、実際の組織における多様な役割分担や個人の適性を軽視している面も否めない。さらに「結果至上主義」を強調するあまり、過程や人間関係、心理的安全性といった近年重視される観点が軽んじられている点も、批判の余地があるだろう。
教訓
本書から得られる教訓は、「高い目標を掲げることが自己成長を促す」というシンプルかつ力強いメッセージだ。社長になること自体が目的ではなく、その過程で培われるリーダーシップ、マネジメント力、問題解決力などが真の価値を生む。特に、PL(損益計算書)を通じて「数字で結果を語る」姿勢や、倫理観を伴う意思決定の重要性は、若手から経営層まで幅広い層に有益な示唆を与える。また「置かれた場所で咲く」という生き方を選ぶ場合にも、それが持つリスクや覚悟を直視する必要性を訴えており、自らの立ち位置を再考する契機となる。
結論
総じて本書は、若者の安逸志向に対して強烈な警鐘を鳴らすと同時に、ビジネスパーソンとしての成長に必要な姿勢を明快に示した挑発的な一冊である。その主張の一部は現代の多様な価値観と乖離する部分もあるが、それゆえに逆説的に「自分はどのように働き、何を目指すのか」を真剣に考えさせる力を持つ。単なる自己啓発書にとどまらず、現実の経営者が歩んだ軌跡とその信念を追体験することで、読者は自身の仕事観を磨き直すことができるだろう。批判的に読むにせよ、肯定的に読むにせよ、一度手に取る価値のある刺激的な書物である。