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「日本復興計画」の要約と批評

著者:大前研一
出版社:文藝春秋
出版日:2011年04月28日

第1章の概要

本書は全3章で構成されており、第1章では2011年3月13日午後8時に放送された「大前研一ライブ」の内容がもとになっている。この番組はYouTubeにも公開され、2013年11月時点で約80万回再生されている。内容は古いが、3・11大地震当時に大前氏がどのように状況を認識していたのかを再評価する意義がある。

日本の原子力政策に対する見解

大前氏は、福島第一原発事故を受けて「日本の原子力輸出政策は終わった」と断言した。
彼はかつて原子力発電を海外に輸出すべきと主張していたが、事故後は「日本で新たに原発を受け入れる自治体は存在しない」との見方を示した。

さらに、今後の原発事業は以下の方向性になると指摘している。

  • 東芝、日立、三菱の三社は海外企業の傘下でライセンス業務やメンテナンスに従事する。
  • 仮に事業を継続するなら、国営会社が原発を運営し、電力会社に売電する仕組みが必要となる。

消費税引き上げへの提案

2014年4月に消費税が5%から8%へ引き上げられることが決定しており、2015年には10%への引き上げも検討されていた。
大前氏は震災直後、民主党政権に「翌年だけ消費税を1%引き上げる」案を提案していた。これはオーストラリアのギラード首相が洪水後に行った政策を参考にしたもので、税収は約2兆円見込めた。しかし、この提案は実現には至らなかった。

第2章の内容と社会への影響

第2章は2011年3月19日の「大前研一ライブ」公開録画を文章化したもの。提言はすぐに社会に広まり、企業や新聞でも取り上げられた。

特に原発対応では、米国が提案した「コンクリートで固める」案に対し、大前氏は「特殊テントで覆い冷却を続け、廃棄物を処理サイクルに載せる」策を提言。数日後には政府案の一つとして新聞一面を飾った。

東電・政府への批判

大前氏は東電の機能不全を厳しく批判した。

  • 東電トップには原子炉プラント出身者が不在
  • 専門家不足で「司令塔不在」の状態
  • 政府の緊急対策本部も実務を理解しない人材ばかり

さらに、原子力安全委員会や保安院も有効な機能を果たせず、事故の深刻度を過小評価していた。

原発事故への具体的対応策

批判に終わらず、大前氏は対応ステップを提言した。

  • 非常手段での冷却(数日間)
  • 安定手段での冷却(3~5年)
  • 建屋をテントで覆う(3か月後)
  • クレーン設置(5年以内)
  • 燃料搬出と処理サイクルへの移行
  • コンクリートでの永久封印(6年後想定)

チェルノブイリの事例を踏まえ、拙速なコンクリート漬けは環境を汚染すると警鐘を鳴らした。

計画停電への批判と代替案

東電・政府が実施した計画停電を「無計画停電」と非難。精密機械産業に致命的な影響を及ぼす点を指摘した。

代替策として以下を提案している。

  1. サマータイム導入(始業を2時間早めることでピーク電力を15%削減)
  2. 週5日操業の選択制(休日を分散)
  3. 夏の甲子園中止(電力ピークを回避)

加えて、東西グリッドの完全接続も急務とした。

原子力発電の神話崩壊

大前氏は、原発に関して2つの神話が崩壊したと指摘する。

  1. ラスムッセンの確率論(事故は極めて低確率)
  2. 格納容器の絶対的安全性

事故により全電源と冷却機能が失われ、従来の制御策が無効となった。

東北復興計画と課題

大前氏は、政府が動き始めた復興計画について「誰がグランドデザインを描くのか」が課題とした。単なる箱物ではなく、クラウドソーシングで知恵を集めるべきと提案している。

東北は電子部品の重要拠点であり、工業力の再生を重視すべきだと主張した。

日本再生への道筋

大前氏は復興を「2本の柱」で捉える。

  1. 道州制の導入による地域繁栄
  2. 日本人のメンタリティ改革

前者では、改革志向を持つ「変人首長」をリーダーに大阪都や中京都などを構想。後者では、各個人が自立したライフプランを設計し、乱世でも生き残る覚悟を持つことを求めている。

批評

良い点

本章の最大の強みは、大前研一氏が単なる批判や感情的反応に終始するのではなく、極めて具体的かつ実行可能性のある提案を提示している点にある。原発事故に関しても「冷却継続のための特殊テント」や「燃料搬出・封印計画」など、明確なステップを示し、後に政府の施策に取り入れられたことは、実務経験に裏打ちされた提言の説得力を示している。また、電力需要の問題について「サマータイム」「操業日分散」「甲子園中止」という斬新で実効性のある発想を提示している点も注目に値する。加えて、地方分権を志向する「道州制」や「変人首長」の必要性を強調し、地域主導での再生を説く姿勢には、未来志向的なヴィジョンが感じられる。

悪い点

一方で、本書にはいくつかの限界も見受けられる。まず、当時の状況に基づいた発言を文字化した性質上、情報が古くなっていることは否めない。とりわけ、原子力輸出の終焉を強く断じている点は、その後の国際的な原子力利用の動向や再エネ政策との複雑な関係を十分に見通してはいない。また、「変人首長」に地域再生の可能性を託す発想は魅力的ではあるが、具体的な制度設計やリスクへの言及が不足しており、理想論にとどまる印象を与える。さらに、政府や東電に対する批判のトーンが強すぎるがゆえに、読者によっては「後出しの評論」に映りかねない危うさもある。

教訓

本章が与える最も重要な教訓は、危機においてこそ冷静な分析と具体的な行動計画が不可欠であるという点である。大前氏の提案は必ずしもすべて実現したわけではないが、現実に即した選択肢を迅速に示すこと自体が、社会を動かす契機となりうることを示している。また、原発事故によって「絶対安全」の神話が崩れたことは、技術や制度の信頼性に盲目的に依存することの危うさを浮き彫りにした。さらに、復興を「箱物」ではなく「ソフト」な仕組みづくりと人材育成の観点から捉えるべきだという視点は、現代の地域政策にも通じる普遍性を持っている。

結論

総じて本章は、3・11という未曽有の危機を素材に、日本社会の構造的な欠陥と再生への可能性を同時に描き出した重厚な内容である。情報の鮮度という点では現在の読者にやや古さを感じさせるが、その根底にある「批判に終わらず、対案を出す姿勢」や「個人の自立と地域の自律を同時に求める視点」は、時代を超えて有効な指針である。大前氏の提言は、単なる震災対応論にとどまらず、日本人のメンタリティと国家運営のあり方を問い直す契機を与える。したがって本章は、過去を振り返るだけでなく、未来をどう切り拓くべきかを考える上でも依然として大きな価値を持っていると言える。