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「未来のスケッチ 経営で大切なことは旭山動物園にぜんぶある」の要約と批評

著者:遠藤功
出版社:あさ出版
出版日:2015年01月12日

「14枚のスケッチ」が生んだ再生の原点

旭山動物園の再生を語る上で欠かせないのが「14枚のスケッチ」である。
これは飼育係員たちが理想の動物園について意見を出し合い、イラストにまとめたものだ。昼夜を忘れて議論を重ね、自発的に作り上げたこのスケッチは、後に動物園再生の旗印となった。

廃園の危機から生まれた希望

スケッチが描かれた1989年当時、旭山動物園は「冬の時代」にあった。
来園者数は減少の一途をたどり、「もう動物園はいらないのでは」という声が自治体からも上がっていた。投資もできず、悪循環に陥る中で生まれたのが「14枚のスケッチ」である。
厳しい時こそ夢を掲げる必要があり、それを「絵」に落とし込むことで全員が未来を共有できたのだ。

転機となった新市長の登場

1996年、新市長へのプレゼンの場に臨んだ前園長の小菅氏は、「14枚のスケッチ」を武器に訴えた。その結果、新市長の心を動かし、1億円の予算獲得につながった。
このエピソードが示すのは「チャンスはいつ来るかわからない。だからこそ事前準備が大切」という教訓である。

信念を現場に根付かせた仕組み

旭山動物園の信念は「動物のすごさ、美しさ、尊さを伝えること」である。これを現場に浸透させた要因は二つあった。

  1. ワンポイントガイド
    飼育係員が来園者に直接動物の魅力を語る仕組み。理解が深まり、信念が定着した。
  2. 役職名称の変更
    「飼育係員」から「飼育展示係員」へ変更。仕事の意識を「展示」に広げ、使命感を高めた。

独自の「行動展示」が生んだ差別化

旭山動物園にはコアラやパンダのようなスター動物がいない。それでも年間300万人が訪れる理由は、「行動展示」という手法にある。
動物が本来の動きを見せる瞬間を来園者に伝えるため、飼育係員が工夫を重ねて生み出した。
この展示はトップダウンではなく、現場の試行錯誤から誕生したボトムアップの成果だった。

現場力を支えた三つの要因

旭山動物園が強い現場力を持てた理由は以下の三つである。

  1. 自分たちで何でも作ったこと
    看板やベンチも手作りし、直接来園者の反応を受け取った。
  2. 失敗を恐れず挑戦したこと
    改善の芽を摘まず、挑戦の失敗に寛容な文化を築いた。
  3. 強烈な使命感
    「動物の魅力を伝えることが自分の仕事」という意識が全員にあった。

人材育成の仕組み

旭山動物園の育成は「基本を教え、あとは自由にやらせる」方式だ。動物ごとの担当制を採用し、各自が責任を持って挑戦できる体制を整えている。また、代番制でブラックボックス化も防止している。
さらに、毎月の勉強会では飼育係員たちが工夫を発表し合い、互いに刺激を与えながら成長している。

全国ブランドへの躍進

2003年には道外比率が1%だった来園者が、2007年には52%にまで増加した。
園長の坂東氏は「利益追求ではなく動物を本気で考えた結果」と語っている。数を追うのではなく、価値の創造に集中したことが成功の要因であった。

「成功の復讐」を避ける力

多くの企業は成功体験にとらわれ停滞するが、旭山動物園は違う。
理由は二つある。

  • 来園者数300万人は異常値であり、慢心できる状況ではない。
  • そして何より、誰一人現状に満足しておらず、「14枚のスケッチ」の35%しか実現していないという意識を持ち続けている。

この未完のビジョンこそが、旭山動物園を進化させ続ける原動力となっている。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、旭山動物園の復活劇を単なる成功譚として描くだけでなく、その裏にある「現場力」と「理念の共有」のプロセスを具体的に示している点にある。特に「14枚のスケッチ」という象徴的なエピソードは、逆境の中で未来を見据えたビジョンを形にすることの重要性を端的に示しており、読者に強い印象を残す。また、行動展示の誕生が飼育係員の自発的な工夫と試行錯誤から生まれたことを丁寧に追っており、現場主体のボトムアップ型イノベーションの可能性を実証している点も優れている。さらに、単なる経営論に留まらず、人材育成や使命感の醸成といった要素を織り込み、組織論としての示唆に富んでいるのも高評価に値する。

悪い点

一方で、本書はやや成功の物語に寄りすぎている印象も否めない。例えば、旭山動物園が抱えてきた失敗や内部の葛藤については表層的にしか触れられておらず、現場での衝突や反対意見の過程が描かれていないため、物語としては「美化」されすぎている部分がある。また、経営論として語られる部分は、既に他の経営書で広く知られている「差別化戦略」や「価値創造」といった概念をなぞるだけにとどまる場面もあり、新規性に欠ける印象を与える。さらに、旭山動物園の特異な立地や歴史的背景に依存する要素を十分に解説していないため、他の組織や企業への応用可能性を考える読者にとっては、やや抽象的に感じられるだろう。

教訓

本書から得られる教訓は、逆境においてこそ未来を描く「旗」を掲げる必要があるということだ。リソース不足の状況であっても、自ら考え行動し、失敗を恐れず挑戦する文化が育まれることで、独自の価値を創造できる。また、信念を組織に浸透させるには、単に理念を掲げるだけでなく、役職名の変更やワンポイントガイドのような日常的な行動を通じて、個々の意識を変革する工夫が欠かせないことも学べる。さらに、成功を目的化するのではなく、「本気で動物の魅力を伝える」という使命を追求し続けた結果が来場者増加につながったという点は、現代のマーケティングや経営において普遍的な示唆を与えている。

結論

総じて本書は、旭山動物園の劇的な復活を通じて、現場主体の創意工夫がいかに組織の競争力を高めるかを具体的に示した優れた記録である。やや理想化されすぎた記述や経営理論としての独自性の不足はあるものの、動物園という一見特殊な場で培われた知恵を、幅広い分野に応用できる形で提示している点に価値がある。特に「14枚のスケッチ」が今なお進化を促す推進力となっていることは、どの組織にとっても「終わりなき挑戦」の重要性を象徴している。旭山動物園の物語は、単なる地域再生の一事例にとどまらず、変化の時代に生きるすべての組織に対する普遍的な問いかけを含んでいると言えるだろう。