著者:グロービス経営大学院
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2012年05月24日
クリティカル・シンキングとは何か
「Critical」という言葉は「懐疑的な」「批判的な」という意味を持つ。本書では、クリティカル・シンキングを「健全な批判精神を持った客観的な思考」として捉え、ビジネスにおいて役立つ実践的な考え方として紹介している。これは論理的思考の方法と心構えを組み合わせ、「正しい方法で正しいレベルまで考える」ことを目指すものである。
クリティカル・シンキングの実用性と効果
グロービスの人気講座「クリティカル・シンキング」には、2012年4月時点で延べ3万7千人が受講している。誰もが身につけられるスキルであり、習得することで次のようなメリットがある。
- 新しい発想ができる
- 機会や脅威に気づける
- 相手の意図や前提を理解できる
- 会議や議論を効率的に進められる
- 説得・交渉・コーチングに活かせる
ピラミッド・ストラクチャーの重要性
ピラミッド・ストラクチャーは一流コンサルティングファームで用いられる手法で、結論を頂点に置き、下層にその根拠を配置する。これにより論理の飛躍や見落としを防ぎ、スムーズに次のアクションへ進める。
イシューを設定することの重要性
議論の出発点として「イシュー(考えるべき問い)」を設定する必要がある。イシューが曖昧だと会議が脱線する危険があるため、適切な枠組みを設けて妥当性を検証することが求められる。
論理展開における演繹法と帰納法
論理展開には「演繹法」と「帰納法」がある。これらを活用することで理解力・反論力・推理力・説得力・創造性が高まる。特に創造性は、前提を入れ替えることで新たなアイデアを生むことにつながる。
演繹法の特徴と注意点
演繹法は三段論法とも呼ばれ、ルールと観察事項から必然的に結論を導く方法である。ただし、ルールが誤っている場合には誤結論に至る危険もある。
帰納法の特徴と応用
帰納法は複数の観察事項の共通点からルールや結論を導く方法であり、想像力が必要とされる。経営学における法則も多くがこのプロセスから生まれている。
MECEによる構造的な分解
状況分析の基本は「分解」であり、その完成度を高めるために「MECE(モレなくダブりなく)」の考え方を用いる。足し算型・変数型・プロセス型などの手法を用い、適切な切り口で分析を行うことが重要である。
効果的な分析のための4つの視点
分析を有意義にするためには、以下の4つの視点を意識する必要がある。
- 全体構成とバラつき度合いの把握
- インパクトの大きさの考慮
- 比較による差分の抽出
- 法則性・特異点・変曲点の発見
特に「変曲点」を捉えることは、具体的な行動に結びつく分析を可能にする。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、クリティカル・シンキングを単なる抽象的な「批判的思考」ではなく、ビジネスシーンに直結する実践的なスキルとして解説している点にある。論理的思考の方法論と、健全な批判精神を融合させることで、仕事の場面で「正しく考える」ための体系的な手引きとなっている。ピラミッド・ストラクチャーの紹介や、イシュー設定、MECEによる分解、演繹法と帰納法の活用などは、コンサルティングファームで培われた実践知を一般の読者でも理解できるよう平易に説明しており、再現性の高いスキルとして提示されている。また、各手法が単なる理論にとどまらず、「会議が脱線しない」「相手の前提を的確に把握できる」「交渉や説得に強くなる」といった具体的効果に結びつけて語られている点は、読者のモチベーションを高める。
悪い点
一方で、本書の弱点は「応用の幅」と「限界」に対する踏み込みの浅さだ。論理思考の型を紹介する際、演繹法や帰納法、MECEなどの手法が強調されるが、それらを適用する現場では必ずしも整然としたデータや議論が存在するわけではない。現実のビジネス課題は不確実性や曖昧さを含み、論理展開よりも経験的直感や組織的政治力が重要になる局面も多い。本書はこうした「論理では割り切れない領域」を軽視する傾向があり、万能の道具のように思考法を扱っている点で、ややバランスを欠いている。また、紹介される事例の多くがシンプルすぎて、実際の複雑な意思決定にそのまま活かすには説明が不足している印象も否めない。
教訓
本書から得られる重要な教訓は、思考を構造化することで「考えたいこと」ではなく「考えるべきこと」に集中できるという点だ。イシューを正しく設定し、枠組みを定めることは、問題解決を効率化し、会議や分析を無駄にしないための出発点となる。また、ピラミッド構造やMECEといった道具は、単に論理の筋を通すためだけでなく、「他者に伝わる形に整理する」役割を果たす。つまり、クリティカル・シンキングとは自己完結的な思考法ではなく、相手との認識共有を前提としたコミュニケーションの技術でもある。さらに、演繹法や帰納法の活用を通じて、思考の柔軟性や創造性が鍛えられることも示されている。型にはめることが創造性を損なうのではなく、むしろ前提や情報を入れ替えることで新たな発想を得る余地が生まれるという逆説的な視点は、多くの読者にとって気づきとなるだろう。
結論
総じて本書は、ビジネスにおいて「論理的に考える」ことの基本を身につけたい読者にとって格好の入門書である。ピラミッド・ストラクチャーやMECEといった普遍的な手法を通じ、論理の透明性と効率性を高める重要性を説いており、その価値は大きい。ただし、論理思考がすべてを解決するわけではなく、現実の意思決定には感情、直感、組織文化など非論理的要素も不可欠であることを読者自身が補う必要がある。本書を「万能の教科書」として盲信するのではなく、思考を整理するための「基盤」として位置づけ、そこに自らの経験や状況判断を積み上げていく姿勢が求められる。そうした批判的距離を保ちながら活用することで、本書の真の意義が発揮されるだろう。