著者:谷島宣之
出版社:日経BP
出版日:2013年12月24日
日米企業におけるソフトウェア開発スタイルの違い
日米の経営スタイルの大きな違いの一つに、コンピュータソフトウェアへの投資とソフト開発技術者の所属先に関する差がある。
日本企業は自社で利用するソフトの多くをIT企業に開発させているのに対し、米国企業はソフトを内製する比率が高い。
米国企業における情報システム部門の特徴
馬場史郎氏によると、同業種・同規模の企業を比較すると、米国企業の情報システム部門の人数は日本企業の約十倍にのぼる。
これは米国企業が新技術を取り入れる際、社内にその技術を理解するプロフェッショナルを抱えていることを意味する。
ソフトウェア利用における日米の違い
米国企業では、情報システム部門だけでなく事業部門も積極的にパッケージソフトを利用する。
日本企業はカスタム開発にこだわる傾向があるが、米国企業は内製・外注・パッケージ利用をバランスよく組み合わせ、競争優位につながるソフトは内製で開発している。
トップセールスにおける日米の違い
もう一つの大きな違いは、トップセールスのあり方である。
米国企業の経営トップは顧客訪問を行い、自ら製品やサービスを売り込む。一方、日本企業のトップセールスは形式的な表敬訪問にとどまることが多い。
サドンロスと米国経営の姿勢
米国トップは重要顧客について常に詳細な報告を受け、商談状況を把握している。
そのため、突然の失注報告(サドンロス)を最も嫌う。場合によっては一度のサドンロスで降格や左遷となることもある。
一方、日本企業では社長に悪い情報を上げない傾向が強く、これが企業リスクにつながることもある。
日本における適応異常の問題
明治以降、日本はハードウェア分野で成功したが、ソフトウェアへの配慮が足りず「適応異常」が起きた。
既存技術や市場に固執して新しい機会を逃すことや、欧米の経営手法を導入しても使いこなせず現場が疲弊することが典型例である。
フィクションの重要性
適応異常を克服するには、ビジョンやコンセプトといった「フィクション」が重要である。
しかし、日本企業では「早く製品を作ろう」という現実志向が強く、フィクションづくりが軽視されがちである。
グランドデザインの必要性
日本人に欠けているフィクションの代表例が「グランドデザイン」である。
これは全体像と構成要素の関係を描き、共有する設計図のようなものだ。
アップルの成功は、グランドデザインの力を示す好例である。
IT導入とビジネス改革の本質
IT導入は目的ではなく、ビジネス改革を実現するための手段である。
しかし、日本企業ではIT会議を軽視する傾向があり、結果的にシステムを使いこなせないケースが多い。
将来を見据えた議論とビジネス全体のデザインが欠かせない。
システム内製と経営トップの役割
あるべき姿を追求するには「システム内製」が理想である。
事業部門と情報システム部門が密に連携し、内製できる力を養うことが重要だ。
さらに、経営トップは次の二つを行うべきである。
- 技術リーダーを任命し、内製可能な強力な技術チームを作る。
- 技術リーダーとチームを信頼し、技術判断を任せる。そのために日頃から信頼関係を築いておく。
批評
良い点
本書の優れている点は、日米企業の経営スタイルやソフトウェアに対する姿勢の違いを明快に描き出していることである。特に、米国企業が情報システム部門を厚く配置し、パッケージソフト・カスタム開発・外注を戦略的に使い分ける点を紹介するくだりは説得力がある。また、トップセールスの在り方や「サドンロス」への厳しい姿勢を描く部分も、米国企業の実践的・合理的な文化をよく浮き彫りにしている。さらに「適応異常」という概念を導入し、日本企業の硬直した意思決定やソフト面への軽視を問題化している点は、問題の本質を突く批判であり、読者に深い洞察を促す。グランドデザインやフィクションの重要性を強調する議論も、単なる現象批判にとどまらず解決への道筋を提示している点で評価できる。
悪い点
一方で、本書の弱点は米国型経営の成功例をやや理想化して描いている点にある。米国企業にも情報システムの失敗や過度な短期志向による弊害が存在するが、それらへの言及は十分ではない。また、日本企業における外注依存やパッケージ利用の低さを指摘する一方で、なぜそのような慣行が根付いたのか、歴史的・文化的背景の分析が浅く、問題を単純化しているように見える。さらに、「内製こそ理想」という主張は理論的には理解できるが、人材不足やコスト構造を無視すれば現実性を欠く。全体として、分析の鋭さはあるものの、バランス感覚に欠ける部分が否めない。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、ハードウェア偏重ではなく、ソフトウェアやビジョンといった「目に見えない部分」への配慮が企業の競争力を決定づけるという点である。特に「フィクション」や「グランドデザイン」の重要性を説く議論は、日本企業に欠けがちな発想を補うものであり、経営の本質に迫る。つまり、経営者は現場に口を出さないという伝統的な慣行を見直し、組織の全体像を設計する責任を負うべきだという指摘は普遍性を持つ。また、IT導入を単なる手段としてではなく、事業改革や新しいビジネスモデル構築の基盤と位置付ける姿勢は、現代のデジタル変革にも直結する教訓である。
結論
総じて本書は、日本企業の課題を明らかにしつつ、米国企業の実例やフィクション・グランドデザインといった概念を通じて、企業経営における新しい視座を提供する良書である。やや米国型経営を理想化しているきらいはあるが、日本企業の現状に対する問題提起としては意義深い。特に、ソフトウェアを「戦略資産」としてとらえる発想や、経営者が「船の設計者」として全体像を描くべきだという主張は、今後の企業経営に欠かせない指針となろう。読者はこの本を通じて、目先の効率性や慣習にとらわれるのではなく、未来を見据えた全体設計と柔軟な適応力の重要性を学び取ることができる。