著者:小室淑恵
出版社:朝日新聞出版
出版日:2014年01月30日
仕事と子育てを両立するべき3つの理由
著者は、働く女性に「家族と自分のためにも、仕事と子育てを両立する道を選ぶ」ことをすすめている。その理由は次の3つである。
1つ目は、再就職が難しいことである。仕事が決まっていないと子どもを保育園に預けられず、保育園が決まらないと仕事も見つけにくいという悪循環がある。ブランクが長くなると、スキルの低下や自信の喪失にもつながる。
2つ目は、教育費の不足を防ぐためだ。将来の教育費を考えると、子どもが幼い頃に保育料がかかっても、夫婦で仕事を続けたほうが得策である。
3つ目は、女性の退職が企業にとって損失になることだ。入社から10年以内に辞められると、企業は採用・研修コストを回収できない。育成した人材には復帰して活躍してもらったほうが、企業にとっても利益が大きい。
出産後もキャリアを諦めないために
出産後、時間的な制約がある自分にはキャリアアップは無理だと考える人は少なくない。しかし、出産前と同じ長時間労働に戻す必要はない。残業が難しい分、時間あたりの生産性を上げることが重要だ。
著者は2度の出産を経験し、出産はむしろ仕事にプラスになると語る。産休・育休はスキルを磨く時間と捉えることができるし、子育てを通じてコミュニケーション力、トラブル対応力、マネジメント力が鍛えられる。
子育て世代の働き方が未来のモデルになる
長期の休業は育児だけでなく、今後は介護でも増えていく。「社員総介護時代」が迫るなかで、子育て中の働き方は時代を先取りしたモデルとなる。
時間制約のある働き方が正しく評価されるには、周囲の理解と共感が必要だ。上司との面談では、出産後も働き続けたい意志や育児で得たスキルを前向きに伝えるとよい。周囲への貢献姿勢を示すことで負担感も減らせる。
妊娠報告と仕事の引き継ぎを計画的に
妊娠がわかったら、なるべく早く上司に報告し、安定期になったら同僚にも伝えるとよい。産休日を決めたら、そこから逆算して引き継ぎ計画を立て、早めに共有する。
仕事を抱え込み「替えのきかない存在」になろうとするのは逆効果だ。おすすめは、後任とともにクライアントを担当する「2人担当制」。メールのCCや挨拶の同行などで、取引先も後任も安心できる。
仕事の「見える化」と「共有化」でチーム力を高める
自分がいなくても仕事が回るようにするには、情報を「見える化」「共有化」することが重要だ。メールのひな型、予定、関連資料、連絡先を整理しておくと後任に喜ばれる。チーム全体の効率化にもつながる。
効果的な方法として「朝メール」と「夜メール」がある。朝は1日の計画を時間配分付きで共有し、夜は進捗や反省点をまとめる。これにより段取り力が高まり、チームの理解と信頼も深まる。
管理職こそ予定をオープンにするべきだ。部下が相談しやすくなり、トラブル防止や業務集中にもつながる。
夫の育休取得が家庭とキャリアを支える
夫が育休を取ると父親としての意識が芽生え、夫婦の絆が深まる。妻の職場復帰は夫の家事・育児参加にかかっており、一時的な収入減は長期的に取り戻せる。仕事のやり方を見直すきっかけにもなる。
理想的な取得時期は、妻の産後すぐと職場復帰直後。特に復帰初期の子どもの体調不良時には、夫が対応すると妻の負担が減る。
妊娠中から夫を家事・育児に巻き込み、褒めて伸ばすとよい。一部の家事を任せることでやりがいも感じてもらえる。
育休中のスキルアップでキャリアを磨く
子どもが4カ月を過ぎると少しずつ自分の時間が持てるようになる。育休中は通信講座やeラーニングがおすすめだ。15〜30分の講座なら続けやすく、経営、IT、資格取得、英会話など多彩な分野が学べる。
職場復帰はポジティブに捉える
著者の調査では「元の職場に戻れるか不安」という声が多かった。異動が負担に感じられるかもしれないが、新しい環境は新しい働き方を模索するチャンスでもある。前向きに捉えるとよい。
時短勤務より効率的なフルタイムを選ぶ
育休後は時短勤務制度が使えるが、給料の減少や低評価のリスクがある。定時退社を前提にフルタイムで働くほうが良い場合も多い。1歳まではファミリー・サポートを活用して乗り切る方法もある。
重要なのは「フルタイム=残業できる人」ではないという意識だ。時間管理と効率化で、定時退社でも成果を出せる働き方を目指すべきである。
ワークとライフを相乗効果に変える
仕事と私生活は100%の奪い合いではない。ライフの中で得たつながりや気づきが、仕事のヒントや問題解決につながる。
企業も、生産性が高く残業のない人材を活用することが競争力向上につながると気づき始めている。真のワーク・ライフバランスを実践し、後輩のロールモデルとなることが求められる。
成果は積極的に発信する
どれだけ成果を出しても、上司に伝えなければ評価されない。発信の工夫が必要だ。例えば、子どもの通院で遅刻したときは「遅れてすみません」だけでなく、遅れをどう取り戻すかを伝えるとよい。上司は「責任感がある」と評価しやすくなる。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、出産や子育てを経てもキャリアを継続できる具体的な戦略が豊富に示されている点です。単なる「頑張れ」という精神論ではなく、現実的な課題を一つずつ解決する実践的な提案が光ります。たとえば、保育園の入園と再就職のジレンマを指摘し、ブランクによるスキル低下や自信喪失を避ける重要性を論理的に説いています。また、業務の「見える化」「共有化」や「朝メール・夜メール」の活用など、すぐに試せる具体的なワークハックが豊富です。さらに、夫の育休取得の重要性や、夫を家事・育児に巻き込む具体策も提示しており、家族全体の協力体制を築くヒントが得られます。著者自身が二度の出産と職場復帰を経験していることから、現場感覚に基づいた説得力があります。
悪い点
一方で、本書はワーキングマザーの実情をある程度理想化している印象も否めません。たとえば、時短勤務が低評価になりがちな現実や、夫の協力が得られない場合の代替案については、やや触れ方が浅いと感じます。企業や上司の理解を前提とする提案も多く、組織文化が古い職場では実行が難しい場合があります。また、夫の家事・育児参加を「褒めて伸ばす」といったアプローチは有効な一方、読者によっては「妻が努力して夫を教育するのか」という負担感を覚えるかもしれません。さらに、管理職や同僚への情報共有のテクニックは詳細ですが、心理的な負担やメンタルヘルスへの言及が少なく、精神面でのサポートに関するアドバイスが物足りなく感じられます。
教訓
この本が教えてくれる最大の教訓は、「子育てはキャリアを断つ理由ではなく、むしろ成長の機会になり得る」ということです。時間制約があるからこそ生産性を高める必要があり、その結果、効率的に成果を出す働き方を身につけられるという視点は新鮮です。また、育休を「学び直しの時間」として捉え、資格取得やスキルアップに活用するという発想は、多くの働く親に勇気を与えるでしょう。加えて、「仕事を抱え込まず、チーム全体で対応できる体制を整えることが、結果的に自分を守る」という組織的視点は、管理職だけでなく一般社員にも役立つ教訓です。さらに、夫婦での協力体制を早期に整えることで、家庭もキャリアも両立できる可能性が高まるというメッセージは、家庭内の意識改革を促します。
結論
総じて本書は、出産後も仕事を続けたい女性や、共働き家庭でキャリアと子育てを両立させたい人にとって、非常に実践的で勇気を与える一冊です。課題を現実的に分析し、行動レベルまで落とし込んだ提案は、読者の背中を押してくれるでしょう。ただし、すべての環境で再現できるわけではなく、特に職場文化やパートナーの協力度合いに左右される部分があります。それでも、著者のメッセージである「ワークとライフを対立ではなく相乗効果の関係として捉える」という視点は、これからの働き方を考える上で大きなヒントになります。理想論に留まらず、現実を変えるための具体策が詰まったこの本は、悩める働く親たちの羅針盤となり得るでしょう。