著者:野村克也
出版社:大和書房
出版日:2013年07月21日
ヤクルト監督就任の経緯
野村氏がヤクルトから監督就任の要請を受けたのは、評論家生活が9年を過ぎようとしていた1989年の秋。
当時のヤクルトは長年Bクラスに低迷しており、すぐに成果を求められるなら辞退しようと考えた野村氏は、球団社長に確認した。
「1年目は畑を耕す。2年目は種をまいて育てる。花が咲くのは3年目。それまで待ってもらえますか?」
すると社長は、「急がずに計画的に育ててください。責任は私が取ります」と答え、野村氏は監督を引き受ける決意をした。
リーダーに不可欠な「責任感」
リーダーに最も重要な資質は「責任はすべて自分が取る」という度量である。
リーダーの役割はビジョンとミッションを掲げ、人を動かし、その結果に責任を持つことだ。権限が大きい分、責任も大きい。
知識と理論を備えたリーダー
リーダーは専門家を束ね、ビジョンを実現する立場にあるため、豊富な知識と理論を持たねばならない。
野村氏は「野球は知力を尽くした駆け引きに本質がある」と考え、知恵で強者を倒すことこそ監督に求められる力だと説いた。
「ほめて伸ばす」だけでは強さは続かない
近年は部下を叱らずに伸ばす方法が主流だが、それは持続的な強さにはつながらない。
ロッテが2005年に日本一となったが、反省を怠り、本物の強さを築けなかった例がその典型である。
六つの「人を動かす方法」
リーダーが人を動かす方法は大きく6つに分けられる。
- 恐怖で動かす(星野仙一)
- 強制して動かす(理論と威厳で従わせる)
- 情感で動かす(義理人情に厚く慕われる鶴岡一人)
- 報酬で動かす(結果に応じて金銭や地位を与える)
- 理解して動かす(選手の個性を理解し適材適所に配置する。野村流)
- 自主的に動かす(最も優れた方法。選手が自発的にチームのために動く)
「気づかせる」ことが監督の役割
野村氏は「監督業とは気づかせ屋である」と説いた。
選手が自ら課題を感じて行動しなければ成長はない。コーチにも「まずは選手にやらせてみろ」と伝えていた。
真の愛情とは厳しさ
「自由にやらせる」ことは愛情ではない。必要なときには厳しく指摘しなければならない。
南海時代、江夏豊に対して耳の痛い言葉を投げかけた結果、彼の態度が変わったエピソードはその象徴である。
リーダーは常に成長し続ける存在
組織はリーダー以上に伸びない。だからこそリーダー自身が成長し続ける必要がある。
野村氏は70代で楽天監督を務めた際も、日々新しい知識を吸収し、理想を追求し続けた。
教えることと鍛えることの両立
本当に強い組織を作るには、優秀な人材を集め、技術を教え込み、同時に鍛えることが欠かせない。
「すぐに結果を出す」ことばかり求められる現代では、この視点が忘れられがちだ。
勝負を決める四つの要素
勝敗を左右するのは「戦力」「士気」「変化」「心理」の四要素。
特に「心理」を活用した1995年の日本シリーズでは、イチローに内角攻めを意識させ、外角で封じ込める戦術が功を奏した。
戦力不足を補うのは、まさにリーダーの采配と知恵である。
批評
良い点
本書の大きな魅力は、野村氏のリーダー論が単なる精神論に留まらず、具体的な経験と理論に裏付けられている点である。ヤクルト監督就任の際に「畑を耕し、種をまき、三年で花を咲かせる」と語ったように、結果を急がず、長期的な視野で組織を育てていく姿勢は説得力に満ちている。また、リーダーの責任の重さを「結果の責任はすべてリーダーがとる」と明言しているのも印象的である。さらに、人を動かす方法を「恐怖」「強制」「情感」「報酬」「理解」「自主性」の六種類に整理し、自らは「理解」から「自主性」へ導くことを重視した点は、現代的なマネジメント論にも通じる普遍性を持っている。単なる野球の回顧録にとどまらず、組織論やリーダーシップ論としても読み応えのある一冊である。
悪い点
一方で、本書には時代背景から来る限界もある。野村氏の思想は「厳しさの中に愛情を込める」ことを重視するが、現代の若い世代にそのまま適用できるかは疑問が残る。たとえば「叱られた経験が少ない若者は伸び伸びさせればよい」という風潮を批判するくだりは、やや一面的で、心理的安全性を重んじる今日のマネジメント論とは相容れない部分もある。また、選手への厳しい言葉や疑念を直接ぶつける姿勢は、確かに効果を上げた事例もあるが、パワハラ的と捉えられる危うさも孕んでいる。さらに、記述全体にやや野村氏の持論が先行し、異なるスタイルのリーダー像への公正な評価が不足している点は惜しい。
教訓
本書から得られる最も大きな教訓は、「組織はリーダーの力量以上には伸びない」という一言に凝縮される。リーダーは結果を求める前に、自らの知識や理論を更新し続け、成長し続けなければならない。また、短期的な成果にとらわれず、時間をかけて人材を育成する視点の重要性が繰り返し強調される。さらに、リーダーの役割は「教える」ことではなく「気づかせる」ことであるという指摘も示唆的だ。選手や部下が自ら考え、自発的に行動できるよう促すことこそが、真のリーダーの仕事である。この考え方は、企業経営や教育の現場にもそのまま応用できる普遍性を備えている。
結論
総じて、本書は野球を通じて語られるリーダー論の枠を超え、組織論・人間論としても高い価値を持つ。ただし、時代や文化の変化を踏まえると、そのまま実践に移すには慎重さが必要である。現代のマネジメントにおいては「厳しさ」と「心理的安全性」のバランスを取ることが欠かせないが、野村氏の思想はその両立を考える上で貴重な素材となる。リーダーとしての覚悟、責任感、そして「育てること」に徹する姿勢は、今なお学ぶべき点が多い。理想を追い続ける姿勢こそが成長の原動力であるという本書のメッセージは、野球を知らない読者にとっても強い共感を呼ぶだろう。