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「なぜ今、シュンペーターなのか」の要約と批評

著者:秋元征紘
出版社:クロスメディア・パブリッシング
出版日:2015年10月01日

シュンペーターの生い立ちと学問的挑戦

1883年、オーストリア=ハンガリー帝国の田舎町に生まれたヨーゼフ・シュンペーターは、母の再婚を機に首都ウィーンへ移り住みました。10歳から通った高等教育機関では優秀な成績を収め、ウィーン大学では法学・経済学を専攻。20代半ばで初の経済書を発表します。生来の独特な性格から変わり者と見られることもありましたが、大学教授に就任し、後に代表作となる『経済発展の理論』を発表するなど、学問的に充実した日々を送りました。

政治家・銀行家としての試みと挫折

第一次世界大戦後、外務大臣バウアーの勧めでオーストリアの大蔵大臣に就任し、戦後復興に尽力します。しかし経済再建の方針を巡ってバウアーと対立し、悪意ある噂によって失脚。大学へ戻った後は、自らの理論を実践すべく銀行の頭取となりますが、戦後の安定恐慌によって経営が悪化し、多額の負債を抱えて退任することになりました。

学問の中心へ—ボン大学からハーバード大学へ

その後、ドイツの名門ボン大学教授となり、多くの優秀な学生を育てます。1932年にはハーバード大学に赴任し、当時の一流経済学者と交流しながら大著『景気循環論』を出版。1948年にはアメリカ経済学会会長、国際経済学会初代会長に選出されるなど、世界的な評価を確立しました。1950年、66歳でその激動の生涯を閉じます。

ケインズとの理論的対立

シュンペーターと同時代に活躍したジョン・メイナード・ケインズは、実体経済を重視し、積極的な財政・金融政策による不況対策を提唱しました。一方、シュンペーターは「イノベーションによる好況があれば、その模倣によって停滞や不況が必ず訪れる。不況は経済発展に不可欠だ」と主張します。

世界恐慌後の不安定な時代背景もあり、1936年に出版されたケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』は歓迎され、政策にも大きな影響を与えました。しかし、現代のグローバル化やIT化が進む中で、ケインズ流の不況対策は限界を迎えており、シュンペーターの提唱した「創造的破壊」による経済発展の重要性が再評価されています。

ドラッカーと「企業家社会」の発想

オーストリア出身の経営学者ピーター・ドラッカーも、シュンペーターの理論に深く影響を受けました。ドラッカーは、社会主義がイノベーションによる経済発展を軽視している点を批判し、現実のニーズに応える形で成果を生む「企業家社会」の必要性を説きました。彼は社会全体が「企業家ビジョン」を持つことの重要性を強調しています。

スティーブ・ジョブズに見る「企業家」の体現

アップル創業者スティーブ・ジョブズは、シュンペーターの定義する「企業家像」を体現した人物です。
シュンペーターは企業家の特徴として以下を挙げています。

  1. 特殊なものの見方をする能力
  2. 不確実性や抵抗を恐れず、先頭を走る勇気
  3. 他者に影響を与える強いカリスマ性

ジョブズは若くして独特の感性を持ち、未来の顧客ニーズを先取りする製品を生み出し続けました。また、プレゼンテーションを通じて聴衆を魅了し、強い影響力を発揮。アップルから一度追放された後もNeXTを創業し、再びアップルに復帰してiMacやiPhoneなどの革新的製品を次々と世に送り出しました。まさにシュンペーターの「創造的破壊」を実践した存在といえます。

企業家を動かす原動力

シュンペーターが定義した企業家を突き動かす要素は次の3つです。

  1. 大きな夢やビジョンを持つこと
  2. 利潤を成功の指標と考える姿勢
  3. 創造の喜びを感じ、変化や冒険を楽しむ精神

ジョブズの人生を振り返ると、これらすべてを体現していたことが分かります。利益よりも優れた製品づくりを重視し、挫折を乗り越えてイノベーションを追求し続けました。

著者が伝えたいメッセージ—「企業家的に生きる」

本書の著者が最も訴えたいのは、「読者一人ひとりが企業家のように考え、行動すること」です。
そのために必要な4つの能力を以下のように整理しています。

  1. 明確なビジョンと挑戦に立ち向かう精神力
  2. 的確な情報収集・分析力と俊敏な行動力
  3. 経験と勘を活かした創造的で戦略的な問題解決力
  4. 高いコミュニケーション力

これらは著者が一流の企業家から学んだ共通の資質であり、グローバル社会で活躍する上でも重要な要素だとしています。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、シュンペーターの生涯を丹念に追いながら、その理論がいかに形成され、のちにピーター・ドラッカーやスティーブ・ジョブズといった異なる時代の実践者に影響を与えていったかを立体的に描き出している点にあります。経済学史というと抽象的な理論や数式に終始しがちですが、本書は一人の人物の挑戦と挫折、時代背景、社会の変化を生き生きと織り込み、読者が理論を現実の営みとして理解できるようにしています。シュンペーターが「創造的破壊」を唱えた背景には、彼自身が官僚、銀行家、大学教授として実際に経済のダイナミズムに触れ、敗北を味わい、再起を図った経験があることを丁寧に示しているのも説得力を高めています。また、ジョブズという現代の象徴的な企業家の具体例を通じて、シュンペーター理論が現代にもなお有効であることを実感させる構成は非常にわかりやすく、ビジネスパーソンにとっても刺激的です。

悪い点

一方で、経済理論の説明がやや冗長で、特にケインズとの対立構造や歴史的背景の部分は専門用語が多く、経済学に不慣れな読者にはやや敷居が高い印象があります。また、シュンペーターからジョブズへの橋渡しが魅力的ではあるものの、両者を直接的に結びつけすぎているきらいもあり、ジョブズの成功をほぼシュンペーター理論の実証のように描くのはやや単純化が過ぎる印象を受けます。さらに、終盤で著者自身の「企業家ビジョン」論に話が移る際、唐突に自己啓発書的なトーンに傾き、学術的な厚みからビジネス書的な軽快さに急激に転じるのが、読者によっては違和感を覚えるかもしれません。経済史の重厚な語りから一転して「4つの能力を身につけよう」という指南が現れることで、やや説得力が弱まる印象が否めません。

教訓

本書が伝える重要な教訓は、変化を恐れず自ら未来を切り拓く姿勢が、時代を超えて求められるという点です。シュンペーターは不況を「創造的破壊」の副産物と捉え、停滞こそ次の発展の起点だと考えました。この視点は、安定を前提とした旧来型の経済政策や組織経営に疑問を投げかけ、現代の急速な技術革新やグローバル競争の中でこそ生きる考え方です。ドラッカーが唱えた「企業家社会」という概念も、個人一人ひとりが自律的にビジョンを持ち、変化を受け入れることで社会全体を活性化できるという希望を示します。そしてジョブズの事例は、それが単なる理論ではなく、現実のビジネスやプロダクトを通じて世界を変える力になり得ることを証明しています。挑戦には失敗がつきものですが、それを糧として再び立ち上がり続ける姿勢が未来を動かすというメッセージは普遍的です。

結論

総じて本書は、経済学の巨人シュンペーターを起点に、理論と実践、歴史と現代を横断的に結びつけた意欲的な作品です。学問的な厚みを持ちながらも、現代のビジネスやキャリアに直接応用できるヒントを与えてくれる点で、単なる経済史の解説を超えています。特に「企業家のように考え、行動する」という呼びかけは、既存の枠組みに安住しがちな私たちに新しい視点を与えてくれるでしょう。ただし、経済学の専門的な議論に慣れていない読者にとってはやや難解な部分があり、後半の自己啓発的要素とのギャップに戸惑うかもしれません。それでも、イノベーションの本質や挑戦の意味を歴史的・理論的な裏付けとともに学びたい人には、十分に読み応えのある一冊です。