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「コーオウンド・ビジネス 従業員が所有する会社」の要約と批評

著者:細川あつし
出版社:築地書館
出版日:2015年09月30日

コーオウンド・ビジネスとは

コーオウンド・ビジネス(従業員所有事業)とは、社員が会社の大株主となり、利益の極大化に向けて行動することで、会社の成長と社員の幸福を両立させるビジネスモデルです。コーオウンド会社では「わかちあい」の文化(エトス)が根付いています。

元祖コーオウンド会社「ジョン・ルイス」

英国の老舗百貨店ジョン・ルイスは、社員を「パートナー」と呼び、成功したビジネスを通じて彼らの最大幸福を追求しています。利益に応じて等率のボーナスを支給し、社員は誇りをもって働くオーナーシップ文化を育んでいます。また、経営の意思決定はトップに委ねつつ、社員は会長の罷免権を持つ独自の仕組みを採用しています。

架空企業「シャインズ株式会社」のコーオウンド化ストーリー

オーナー社長が株を社員に譲渡したことで、社員は経営情報を学び、成果によって利益を分配される仕組みがやる気を生みました。社員は自律的に判断し、経費節約や協力の文化が自然に広がり、会社全体にポジティブな空気と社会貢献意識が浸透しました。

コーオウンド化の進め方

一般的には、オーナーが社員や社員代表組織に有償で株を売却し、10%程度の株式移動から始めるケースが多いです。進行を止めたり株を戻したりする柔軟性もあり、オーナーの年齢や健康、後継者問題に応じて調整できます。

株式所有の方法

社員の株式所有方法には以下の3つがあります。

  • 直接所有方式:社員が直接株式を受け取るまたは購入する。
  • 間接所有方式:社員株主組織が代表して株主となる。
  • ハイブリッド方式:直接所有と間接所有を組み合わせる。
    日本では法制・税制が整っていないため、贈与税や購入条件に注意が必要です。

コーオウンド・ビジネス三種の神器

情報共有

財務・経営情報を月次報告会や社内ネットで公開し、社員の理解を深めます。勉強会でリテラシーを高め、臨場感ある伝え方も重要です。

プロフィット・シェア

「会社からもらうボーナス」ではなく「稼いでわかち合うボーナス」へ変化します。利益配分のルールと透明性が社員の納得感を高めます。

オーナーシップ・カルチャー

情報共有と利益分配を通じ、社員同士の協力が自然に生まれます。縦割りからプロジェクト型へ移行し、主体性が育ちます。

成功事例:プール・カバース社

アメリカのプール・カバースはコーオウンド化を進め、リーマン・ショック時も社員が自発的に経費削減や新収入源の開拓を実施。経営情報共有や「ミニ・ゲーム」により、当事者意識を高めて危機を乗り越えました。

社員の意識変化と文化の影響

コーオウンド会社では協力的で成果に貢献する社員が残り、フリーライダーは自然に淘汰されます。社員は「オーナーとしての自分」と「働く自分」を両立させる意識が必要です。

コーオウンド会社の優位性

調査によると、コーオウンド会社は収益性や従業員増加率が高く、景気変動に強い傾向があります。知識集約型産業で特にメリットが大きく、従業員のコミットメントが競争力の源泉です。

ステークホルダー意識と社会的責任

コーオウンド会社は社員の幸福と利益を追求しつつ、社会・地域・環境への貢献を重視します。株主と社員が一体化しているため、単なる金銭的利益ではなく、理念や持続性を含む幅広い価値を最大化します。

批評

良い点

本書は、コーオウンド・ビジネスというまだ一般的に知られていない経営モデルを、具体例と理論の両面から丁寧に解説している点が魅力的です。英国のジョン・ルイスをはじめ、プール・カバースなどの事例を通して、社員が「所有者」として自律的に動き、会社の成長に直接的な責任と利益を持つ仕組みが、どのように文化や働き方を変えるかがリアルに伝わってきます。特に、情報共有・プロフィットシェア・オーナーシップカルチャーという「三種の神器」の整理は、理論的にも実務的にも非常に有用です。読者は、抽象的な理念論ではなく、株式移動の進め方や報告会の工夫、教育・リテラシー向上の必要性といった具体的な実践ポイントを学べるでしょう。

悪い点

一方で、本書は理想的な成功例を強調しすぎる傾向があります。コーオウンド化のプロセスに伴う法制度上の制約や税務上のリスクについては触れられているものの、具体的な解決策や失敗事例の分析が乏しいため、現実の導入障壁を想像しにくい部分があります。また、社員全員が主体的に動くことを前提としており、文化的背景や人材の多様性によっては必ずしも同じように機能しない可能性がある点が軽視されている印象です。フリーライダーの問題や、協力文化に馴染めない人材への対処方法が十分に掘り下げられていないため、読者は「理想論」に終わってしまうのではという懸念を抱くかもしれません。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「所有」と「幸福」を結びつけた組織設計が、社員のモチベーションと会社の持続的成長を生み出すという点です。単なる報酬制度の改革ではなく、情報を開示し、社員の意思決定参加を促し、利益を公平にシェアすることで、組織は自律的で協力的な集団へと変わっていきます。また、オーナーシップカルチャーは自然発生的なものではなく、リテラシー教育や透明性の高いガバナンス、納得感ある利益分配などの仕組み作りによって育まれることを学べます。さらに、企業が地域社会や環境との共存を意識し、倫理的な消費トレンドに応えるためにも、コーオウンドという形態が有効であるという示唆は、現代の経営者や人事担当者にとって重要な視点となるでしょう。

結論

総じて、本書はコーオウンド・ビジネスを「社員幸福と企業成長の両立」を目指す実践的な手法として力強く提示しています。株主と従業員を分ける伝統的な資本主義に対し、両者を統合することで新しい価値創造が可能になるというメッセージは、ESGやサステナビリティが重視される現代社会において非常に示唆的です。ただし、導入の現実的な難易度や文化的適合性を見極める批判的な視点を持たないと、理想と現実のギャップに苦しむ可能性もあります。経営者にとっては「新しい所有の形」を構想する手がかりとして、社員にとっては「自分たちの会社をどう作るか」を考える出発点として、有益な一冊といえるでしょう。