著者:村田智明
出版社:CCCメディアハウス
出版日:2015年09月17日
本書の目的
本書の目標は、ユーザー視点で考える「行為のデザイン」を解説し、デザイナー以外でもデザイン思考を活かしたマネジメントができるようにすることです。
行為のデザインとは
「行為のデザイン」とは、ユーザーの行動や心理に着目し、人・情報・環境を含めて、ユーザーが自然に目的を達成できるプロダクトやサービスを考える方法です。使い方が直感的であれば説明書なしでも正しく使え、長く愛されるプロダクトになります。利用中にユーザーが止まってしまうときは「バグ」が発生していると考え、開発段階でそれを発見・解消することが重要です。
時間軸を意識したデザイン
デザインでは、ユーザーが目的を達成する行動の流れ=「時間軸」を考えることが不可欠です。例えば押し間違いが起こりやすいスイッチなら、形状やアイコンを工夫して迷わず操作できるようにします。
インターフェイスの設計とカードの活用
「行為のデザイン」は、人とプロダクトが最初に接するインターフェイスを吟味することから始まります。人・目的・手段をカードに書き出し、状況を想像しながら最適なデザインを考えます。
想像体験の重要性
人・目的・時間・空間を変えてユーザーの状況を想像する「想像体験」は、行動観察だけでは見つからないバグや課題を発見する手法です。年配者を想定したり、異なる文化圏のユーザーを想像することで新たな気づきを得られます。
ワークショップによる多視点の発想
著者が企業で行うワークショップでは、デザイナーだけでなく幹部や営業、生産担当など多様な立場の人が参加します。異なる視点が集まることで想像力が高まり、より豊かな発想が生まれます。
バグとエフェクトの発見
想像体験を重ねると、使いにくさや迷いを生む「バグ」だけでなく、便利さや楽しさを感じる「エフェクト」も発見できます。さらに、多くの人に共通して響く「核(サムシング・インサイト)」を抽出し、差別化されたプロダクトを生み出せます。
情報のストックとタグづけの活用
想像体験を豊かにするには、情報の「ストック」を増やし、記憶にタグをつけておくことが重要です。専門性を高める濃い経験や、幅広い知識、自然との触れ合いが発想力を育てます。
代表的なバグとその解決法
矛盾のバグ
目的を果たそうとしたデザインが逆効果になるケースです。例として「ゴミを捨てないで」という看板が景観を損ない、かえってポイ捨てを招く場合があります。景観になじむサインが必要です。
迷いのバグ
ユーザーが行動中に迷って止まってしまうバグです。典型例はエレベーターの開閉ボタン。顔の表情で「開」「閉」を表すボタン案は、直感的で温かみがあり支持を集めました。
デザインの3つのプロセス
デザインは「プランニング(設計思想)」「可視化(UI・ビジュアル化)」「告知(認知の拡大)」の3段階を経ます。特にプランニング段階で「行為のデザイン」を深く議論することで、開発中の反対意見を減らし、スピードを上げられます。
ミニマルデザインの重要性
プランニング後は、条件を取捨選択し余計な要素を削ぐ「ミニマルデザイン」が必要です。
- 形のミニマライズ:機能をアイコン化し、一目で使い方がわかるようにする。
- 意味のミニマライズ:プロダクト内の本質的な意味を浮かび上がらせ、伝わりやすくする。
アフォーダンスと行為を誘導するデザイン
人は環境によって行動を規定されます。アフォーダンスデザインとは「見ただけで役割がわかる」デザインで、言葉に頼らず行為を誘導します。ペンの形状が書く動作を自然に示すように、直感的な理解を促すことが重要です。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、「デザイン」を専門職に閉じず、誰もが活用できる実践的な思考法として提示している点にあります。ユーザーの行為を時間軸で捉え、心理や環境までを含めて設計する「行為のデザイン」という概念は、UX デザインの枠を超えて、経営者や企画職、営業担当者など多様な立場の人に示唆を与えます。具体例が豊富で、カフェのカップやエレベーターのボタンなど日常的な題材を用いて、抽象的な理論を直感的に理解できる工夫がなされています。また、ワークショップ形式で異なる職種の人が集まり、自由に意見を出し合う手法は、組織のイノベーション促進に直結する実践性を持っています。理論と現場の距離が近く、読んだその日から仕事に活かせる即効性を感じさせる点は特筆に値します。
悪い点
一方で、内容が幅広いぶん、体系性にやや欠ける印象を受ける箇所があります。「行為のデザイン」の基本原則から始まり、想像体験、バグの分類、ミニマルデザイン、アフォーダンスと多彩な概念が登場しますが、それぞれの関連性が十分に整理されないまま次々と提示されるため、初学者にはやや情報過多で消化しづらいかもしれません。また、事例が親しみやすい反面、複雑なサービスやデジタル領域への適用例が少なく、現代のプロダクト開発、とくにソフトウェアに携わる読者には物足りなさを感じさせる可能性があります。さらに、ワークショップの実施方法や参加者の合意形成など、組織での実践を支える具体的なファシリテーション手法が浅く触れられるだけで終わっている点も惜しいところです。
教訓
本書から得られる重要な教訓は、「ユーザーは意識的に考えて行動しているのではなく、環境によって行為を誘導されている」ということです。デザイナーや企画者は、自分が意図する行動を自然に引き起こすために、情報の表示や形状の工夫によって「行動のシームレスさ」を実現する必要があります。特に、想像体験を通じてユーザーの立場を仮想的に追体験する方法は、行動観察だけでは見落としがちな潜在的な課題を発見するうえで非常に有効です。さらに、知識や経験をタグのように蓄積しておくことで、創造的な発想を生み出しやすくなるという指摘は、デザインだけでなく問題解決全般に応用できる普遍的な示唆を含んでいます。シンプルな形状や明確なコンセプトに落とし込む「ミニマルデザイン」の重要性も、プロダクト開発における本質的な価値を再認識させてくれます。
結論
総じて本書は、デザインを「特定の職能」から解き放ち、誰もがユーザーの行為を起点に考えるための視座を提供する良書です。概念を実務へ結びつける力が高く、特に多職種が関わるプロジェクトでユーザー中心の議論を進めたい人にとっては大きな助けとなるでしょう。一方で、全体像の整理や応用範囲の拡張には改善の余地があります。UXやサービスデザインの基礎を理解したうえで読めば、より深く実践につなげられるはずです。デザイン思考を経営やマネジメントに活かしたいビジネスパーソンや、顧客体験を磨きたいプロダクト開発者に特におすすめできる一冊です。