著者:大前研一(監修)、ビジネス・ブレークスルー大学(編)、宇田左近、平野敦士カール、菅野誠二
出版社:東洋経済新報社
出版日:2015年08月06日
組織の慣習に流されず、自分で考える力を持つ
入社年次や新卒・中途の違い、上司の発言が絶対視される雰囲気、形式的な会議――。いつの間にか組織の慣例に慣れ、「そういうものだ」と思い込み、考えることをやめてしまっていないだろうか。
クライアントの要求や上司の指示をそのまま受け入れていないか。業務を手順通りにこなしているから正しいと思い込んでいないか。
本当に解決すべき問題は何かを、もっと深く考える必要がある。
思考力を鍛えるための習慣
考える力をつけるには、日常的な思考トレーニングが欠かせない。
たとえば、転職や家の購入などの人生の選択において、良いシナリオ・悪いシナリオを2年後、10年後といった長期的な視点で想定してみる。
このような練習を続けることで、答えのない課題にどう向き合うかを自然に身につけていける。
未来を見通すためにマーケットを読む
これからの時代を生き抜くには、未来を予測する力が重要だ。
歴史は繰り返され、時代には流れがある。景気の波やGDP推移を読むことで、次のトレンドをつかみやすくなる。
未来には「予測できる未来」と「新しく創る未来」があることを理解しよう。
予測できる未来を見通すための視点
今何が起きているかを分析することで、近い将来の社会変化を予測できる。
人口構造の変化、各国のGDPの推移、マイクロトレンドなどが重要な手がかりとなる。
他業種から学ぶ「アナロジー思考」や、競争のない市場を開拓する「ブルーオーシャン戦略」も有効だ。
新しい未来を創り出す発想法
「デザイン思考」により、過去の成功にとらわれず顧客の課題を解決する商品をデザインする。
「プラットフォーム戦略思考」では、多くの企業をつなぐ“場”を構築し、ビジネスの生態系を生み出す。
ただし、価値あるプラットフォームを作り、交流を活発化させ、質を統治する仕組みが不可欠だ。
プラットフォーム戦略がもたらす可能性
プラットフォーム戦略は、単一企業では実現できない大きな可能性を広げる。
シリコンバレーのような人材集積による化学反応、オープン・イノベーション、社会課題を解決する新産業の創出など、スケールは国境を越えて広がっていく。
プラットフォーマーに求められる力
プラットフォーマーには、情熱と広い視野、顧客ニーズを客観的にとらえる力、業界の垣根を越えて企業をまとめる力、多様な人材を巻き込む力が必要だ。
日本の企業も「モノづくり」中心の発想から、プラットフォーム思考への転換が求められている。
顧客を理解するための3つの視点
未来を見通す上で、顧客を理解するには「事業構造」「時間軸」「個人の内面」の3つの観点が重要だ。
事業構造から顧客を分析する
まずは社会構造や事業環境を理解し、顧客の変化を予測する。
「顧客は誰か」を定義し、影響を与えるビジネス・ドライバーを見極める。
PEST分析や3C分析に加え、「6C分析」を使うと、顧客に影響する要因を漏れなく考えられる。
さらに、時系列で追う「時代分析」を活用することで、顧客の変化を未来へとつなげられる。
時間軸から顧客を分析する
遠い未来の顧客のライフスタイルを描き、バックキャスティングで近い未来からの道筋を考える。
「シナリオ・プランニング」によって不確実性の高い要因を整理し、変化の兆候をウォッチして戦略を立てることが有効だ。
個人の内面から顧客を理解する
顧客の本当の欲求を探るには、表面的な理由だけでなく深層心理まで踏み込む。
ラダリング、DMU分析、ソーシャル・リスニング、MROCなどを活用して顧客の本音を分析する。
ただし、思考法はあくまで手段であり、社会の課題を解決したいという意志が出発点となる。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、思考停止しがちな組織人に「考える力」を取り戻させようとする姿勢です。上司の発言や慣例に従うだけでは本質的な問題解決ができないという指摘は、多くのビジネスパーソンに突き刺さるでしょう。未来を読む力を鍛えるために、歴史や経済指標を分析し、トレンドをつかむ重要性を説く点も実践的です。さらに、アナロジー思考やブルーオーシャン戦略、デザイン思考、プラットフォーム戦略思考など、ビジネスを革新するための具体的な思考フレームを体系的に紹介しているのは大きな強みです。単なる理論の羅列ではなく、シナリオ・プランニングやバックキャスティングといった未来志向の方法論も提示しており、戦略的発想を育てる手引きとして役立つ構成になっています。
悪い点
一方で、情報量の多さが読者を圧倒する可能性があります。多彩なフレームワークや分析手法を一気に提示するため、ビジネス経験が浅い読者には消化不良を起こしかねません。また、各思考法がどのような場面で特に効果を発揮するのか、具体的なケーススタディがもう少し豊富であれば、理解がさらに深まったでしょう。特に「プラットフォーム戦略」については抽象度が高く、大企業やテックジャイアントを例に挙げる一方で、中小企業や個人がどう応用できるかまでは踏み込まれていません。また、全体を通じて著者の提案が「考えよ」という精神論にやや傾く部分があり、実践的な初手の行動指針がもう一段明確になると良かったと感じます。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、「思考の習慣化が未来を切り開く武器になる」ということです。現状維持の空気に流されず、自ら問いを立て、長期的なシナリオを描くことで初めて本質的な課題を見極められます。未来には予測できる部分と創造すべき部分があり、その両方にアプローチするためには、データに基づく洞察力と想像力の両立が不可欠です。また、顧客を単なる消費者としてではなく、事業構造や時間軸、個人の内面という多角的な視点から理解する重要性も強調されています。特に、バックキャスティングによって「理想の未来」から逆算し、今日の戦略を設計する姿勢は、変化の激しい時代を生きる上で大きな示唆を与えます。
結論
総じて、本書は「思考停止から抜け出し、未来を主体的に創る力を養う」ための包括的な指南書といえます。フレームワークの数と理論の深さはやや多すぎると感じるかもしれませんが、その分、幅広い読者が自分に合う思考法を見つけるきっかけになるでしょう。特に中堅・リーダー層が読むことで、組織に変化をもたらす発想の種を得られるはずです。変化をただ受け入れるのではなく、自ら未来をデザインし、時代の潮流を読み解く力を身につけたいと願う人にとって、有益な思考のトレーニングブックとなるでしょう。