著者:阪本啓一
出版社:日経BP
出版日:2015年06月16日
ブランドの意志という考え方
一般的には「ブランド」は人間がつくり出すものだと考えられている。しかし著者は、多くのビジネス事例を見てきた経験から、むしろ逆に考えた方が実態を理解しやすいのではないかと感じるようになった。つまり、「ブランド」自体に何らかの意志があり、その意志が人間を動かしているのではないかという考え方である。
ブランドに意志があると考える3つの理由
1つ目は、アップルの革新性が弱まったときにグーグルが台頭したように、企業の隆盛がまるで「繁盛の遺伝子」が宿主を変えて移動しているように見えること。
2つ目は、経営理論のとおりにいかないことを肌で感じたこと。
3つ目は、戦略的に売ろうとしたわけではないのに、爆発的ヒットが起きるケースを目の当たりにしたことだ。
ブランド・ジーンとは何か
著者は、ブランドに宿って意志的に動く存在を「ブランド・ジーン」(ブランドの遺伝子)と呼ぶ。ブランド・ジーンはブランドを創造し、利用し、やりたいことを達成すると去っていく。そしてブランドは衰退してしまうことがある。
長寿ブランドと短命ブランドの違い
ブランドには長く続くものもあれば、短命なものもある。
たとえば「ディズニー」は創業者亡き後も繁栄しているが、「スタジオ・ジブリ」は宮崎駿監督の引退後、制作部門が休止した。ブランドが長く続く秘訣は、ブランド・ジーンを駅伝のたすきのように次々とバトンタッチできるかどうかにある。
ブランド・ジーンの背景にあるテクニウムの概念
ブランド・ジーンの発想は、ケヴィン・ケリーが提唱した「テクニウム」という概念に影響を受けている。テクニウムとは、人間を超えた存在がやりたいことを実現するために人間を使って技術を生み出させているという考え方だ。
これをブランドに当てはめると、ブランド・ジーンは人間を利用してブランドを生み出し、目的を達成するということになる。
ブランド・ジーンを味方につける3つの原則
著者は、ブランド・ジーンにできるだけ長く留まってもらうための3つの原則を提唱している。
- 努力しない法則
- 価値蒸留の法則
- 諸行無常の法則
努力しない法則
苦しい努力を正しいとする価値観に疑問を投げかける。ブランド・ジーンが味方をしていれば、無理な努力をしなくても自然体でうまくいく。論理だけに頼らず、感情や柔軟な発想を大切にしようという考え方だ。
価値蒸留の法則
ブランドを製品やサービスではなく、顧客に提供している価値でとらえることが重要だ。
たとえば森下仁丹は「包んで守る」というブランド・エッセンスを軸に、赤粒仁丹の衰退を乗り越えて新たな商品を生み出した。ブランドの変化を観察し、価値の本質を理解することで方向転換が可能になる。
諸行無常の法則
ブランドやビジネスは必ずしも永遠に続く必要はない。衰退や終わりがあるからこそ新しい進化が生まれる。組織ではなく個人がブランド・ジーンを取り込むことで、柔軟に変化し、逆風を順風に変えることができる。
個人がブランド・ジーンを活かすという視点
企業の寿命が短くなるなか、個人がブランド・ジーンを味方につける重要性が増している。逆境を成長のチャンスととらえ、今あるものに感謝しながら進むことが、ブランド・ジーンの意志と調和してビジネスを前進させる力になる。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、「ブランドは人間が作るもの」という常識を覆し、「ブランドそのものが意志を持ち人間を動かしている」という視点を提示している点です。これは、ケヴィン・ケリーの「テクニウム」概念をビジネスに応用した発想であり、ブランドを単なる企業戦略の結果ではなく、もっと大きな進化の一部として捉える大胆さがあります。アップルからグーグルへの革新の移行や、ディズニーとジブリのブランド寿命の対比といった具体例が示されることで、抽象的な理論が生きた事例に裏付けられています。また、「価値蒸留の法則」や森下仁丹の再生事例など、実務に応用可能な指針が豊富で、単なる思想書にとどまらない実践的なヒントが得られる点も秀逸です。
悪い点
一方で、本書には抽象概念の多さと比喩の多用によるわかりにくさがあります。「ブランド・ジーン」という言葉自体が魅力的でありながら、実体が曖昧なまま議論が進むため、読者によっては「結局ブランド・ジーンとは何か」が掴みにくい可能性があります。また、「努力しない法則」など、挑発的で印象的な見出しがある一方、その内容が「無理な苦行を避ける」程度に落ち着いてしまい、期待したほどの新規性が感じられない部分もあります。さらに、既存のブランド理論やマーケティング戦略とどう異なるのかの比較がやや薄く、学術的な裏づけを求める読者には物足りなさを感じさせるでしょう。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、「ブランドを企業や個人が完全にコントロールできると考えるのは幻想である」ということです。ブランドは意志を持つ存在のように変化し、成長や衰退を繰り返します。その動きを理解し、いかに「味方につけるか」が重要です。特に、「価値蒸留の法則」は、短期的な商品やサービスの成功に執着するのではなく、「顧客にどんな変化をもたらすのか」という本質的価値を見極める重要性を教えてくれます。また、「諸行無常の法則」は、ブランドの終わりを恐れるのではなく、新しい可能性の兆しとして受け止める柔軟な姿勢を説いており、激変するビジネス環境での心構えとして示唆に富んでいます。
結論
本書は、ブランドを「人間を超えた進化の一部」として再定義し、従来のマーケティング思考に一石を投じる挑戦的な作品です。実務に役立つフレームワークを提示しながらも、哲学的な思索を促す内容で、企業経営者やマーケターだけでなく、個人としてブランドを築きたい読者にも示唆を与えます。ただし、その抽象度の高さゆえに具体的な実践法を求める人には難解に感じられるかもしれません。それでも、ブランドの寿命が短くなり、変化が常態化した現代において、「ブランドを味方につける」という発想は有効かつ刺激的です。固定観念を揺さぶり、新しい視点から自分のビジネスやキャリアを捉え直したい人に強く薦めたい一冊です。