著者:北方雅人、久保俊介、日経トップリーダー編集
出版社:日経BP
出版日:2015年04月09日
京セラに根付く和室とコンパの文化
京セラの本社や主要拠点には必ず和室があり、それは「コンパ」のために設けられている。コンパとは単なる飲み会ではなく、上司・部下・同僚が胸襟を開き、本音で語り合う場である。酒を介して人間的に成長し、組織を一枚岩にすることが目的だ。
稲盛氏自身の参加と役員コンパ
稲盛氏は忘年会シーズンになると毎日のようにコンパに参加し、体調不良でも注射を打って出席した。月に一度は役員コンパも開かれ、グループ役員50人が鍋を囲んで親睦を深めていた。
JAL再生にも活用されたコンパ
経営破綻したJAL再建時にもコンパが活用された。幹部教育や現場との交流の場として、理念を共有し、意識改革を進めた結果、組織の一体感が高まり業績はV字回復した。
コンパ誕生の原点
創業間もない頃、慰労会や旅行で酒を飲みながら語り合うと従業員が心を開き、稲盛氏の思いが伝わることを実感。これがコンパ文化の始まりとなった。
昼の会議と夜のコンパの違い
昼間の会議では一方通行になりがちだが、コンパでは酒を介し人間対人間で語り合えるため、納得感が大きく異なる。信頼関係を築く上で不可欠の場とされた。
稲盛経営とコンパの役割
稲盛経営の柱であるフィロソフィとアメーバ経営。その浸透や協働を進めるため、コンパは重要な役割を果たしている。実際、コンサルティング先にもコンパ実施を指導している。
稲盛流コンパの特徴とルール
稲盛流コンパには7つの共通点がある。その一つが「全員参加の原則」。テーマを設けて議論し、時間割や座席表を工夫する。手酌をせず利他の精神を学ぶことも重視される。
夢を語る場としてのコンパ
稲盛氏はコンパで「世界一のセラミックメーカーになる」と宣言。大きな夢を共有することで組織の結束を強めた。他社でも、厳しい経営状況下でコンパを続け、従業員を鼓舞した事例がある。
総括で終わる稲盛流コンパ
稲盛流コンパは、最後に参加者が学びや気づきを共有し、翌日の行動を宣言して終わる。さらにレポートや回覧によって学びを深め、人間成長の場とする。
進化し続けるコンパの形
コンパは完成形ではなく進化を続ける。人数を5~10人に絞ったり、少人数で深めたり、場所を社内・居酒屋・合宿型で使い分けたりすることで効果を最大化する。
批評
良い点
本書の最も大きな強みは、稲盛流「コンパ」という一見ありふれた場を、経営哲学や組織マネジメントの中核に据えている点にある。飲み会という日常的な習慣を「信頼関係の深化」「理念の共有」「組織の一体感醸成」という目的と結びつけ、経営的合理性を持たせた視点は新鮮で説得力がある。特に、JAL再生の実例は説得力に満ちており、形式的な会議では不可能な「本音の共有」が、組織の再生力を引き出したことを鮮やかに描いている。さらに、コンパにおけるテーマ設定や進行役の配置、座席の工夫といった細部に至るまで具体的に記されており、単なる理念論ではなく実践の場で培われた知恵であることが伝わってくる。こうした点で、本書は「経営と人間関係をどう結びつけるか」を考える読者に多くの示唆を与える。
悪い点
一方で、稲盛流コンパが持つ光と影も見逃せない。本書では「全員参加」を当然視し、欠席する者には叱責すら辞さないとされるが、この発想は現代の多様な働き方や価値観に必ずしも適合しない。家族との時間や個人のプライバシーを軽視する印象を与えかねず、強制的な一体感が逆に反発や形骸化を招く危険もある。また、酒を媒介とするコミュニケーションに依存する点も問題である。アルコールを飲まない人や体質的に弱い人にとっては負担となり得るし、多様性を重視する現代企業において普遍的な手法とは言い難い。さらに、稲盛氏自身のカリスマ性に強く依存しているため、彼が不在の組織でどこまで機能するかは疑問が残る。
教訓
この本が伝える最大の教訓は、「組織を動かすのは制度や仕組み以上に、人間と人間との信頼である」という普遍的真理だろう。昼間の会議では届かない心の奥底に、夜のざっくばらんな語り合いを通じて届く。そこで語られる夢や目標が、単なるスローガンから生きた信念へと変わり、社員一人ひとりの行動を動機づける。つまり、本書はコンパという形式を通じて、「理念の浸透においては人間的触れ合いが不可欠である」と説いている。また、コンパの場における「利他の精神」や「夢の共有」は、経営学や人材育成論においても有効なエッセンスとなりうる。ここから学ぶべきは、酒席そのものではなく、「人と人が心を開いて語り合う場」をいかに意図的に設計するかという発想である。
結論
総じて本書は、稲盛経営の核心である「人間中心の経営」を、具体的かつ親しみやすい切り口で提示した実践的テキストであるといえる。時代の変化に照らせば、強制性や酒に依存する側面は再考の余地があるものの、「理念を浸透させ、組織を一つに束ねるためには、肩書や上下関係を超えた交流が不可欠である」という本質は普遍的である。現代のマネジメントにおいても、オンラインの場やワークショップなど形を変えた「稲盛流コンパ」は十分応用可能だろう。本書は、経営者やリーダーにとって「数字の管理」と「人の心のつながり」をいかに両立させるかを考える上で、大いに示唆に富む一冊である。