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「毎日の掃除で、会社はみるみる強くなる 必ず人が育つ「習慣化」のルール」の要約と批評

著者:大森信
出版社:日本実業出版社
出版日:2015年02月20日

鍵山秀三郎氏と掃除の実践

イエローハットの創業者・鍵山秀三郎氏は、掃除、特にトイレ掃除を重視し、会社を大きく成長させた。50年以上経った現在も日々掃除を続けている。では、掃除にはどのような効用があるのか。

掃除の直接的効用と間接的効用

掃除には「職場環境の改善」や「業務効率の向上」といった直接的効用がある。しかし、経営においてより重要なのは、社員自ら掃除することで得られる「間接的効用」である。

間接的効用の具体例

掃除を通じて什器や備品への愛着が深まり、異常に早く気づける。また、会社や同僚への愛着や連帯感が高まり、その結果として売上の向上につながることもある。

掃除と組織変革

掃除を継続する過程では課題や可能性が顕在化し、組織の問題解決力が試される。掃除は会社の変革を促す手段ともなる。

習慣化の経営

掃除を社内で習慣化するには社員の自発性が不可欠である。掃除を通じて自発性を引き出せれば、仕事にも挑戦的に取り組むようになる。これを著者は「習慣化の経営」と呼ぶ。

習慣化の仕組み

行動を習慣化するには「きっかけ→ルーチン→報酬」のループが重要。社長が率先して掃除に参加することで社員も納得し、報酬は「ほめること」が基本となる。

元気な会社の条件と非通常業務

元気な会社には「業績」「通常業務」「非通常業務」の3つが必要。特に未来の課題に取り組む「非通常業務」が鍵であり、その第一歩として掃除が推奨される。

掃除が心理を導く

本書は「行動が心理を導く」という考えを重視。掃除という行動が感情を動かし、職場や仕事への愛着を育む。

新入社員・若手社員の掃除習慣

新入社員にはトイレ掃除や自分のデスク・設備の掃除が推奨される。達成感や愛着を通じて仕事へのコミットメントが高まり、離職率の低下につながる。

事例:東海神栄電子工業株式会社

岐阜県の同社は掃除を導入し、かつて高かった離職率がほぼゼロに。社員が再就職を希望するほど職場への愛着が高まった。

掃除リーダーの役割

掃除の継続にはリーダーの存在が不可欠。リーダーは準備や片付けを整え、みんなが達成感を得られるように導く。利他の精神を持つ人材が適任である。

掃除から学ぶリーダーシップ

掃除で人を動かすことは仕事以上に難しい。掃除でリードできる人は、仕事においてもリーダーシップを発揮できる。

経営者の感謝とマネジメント型経営

掃除と仕事をしっかり行う会社には、経営者が社員への感謝を持っている共通点がある。感謝を基盤とした「マネジメント型経営」でなければ、掃除も会社も継続できない。

掃除と売上をつなげる経営者の使命

掃除と売上はすぐに結びつかない場合もあるが、地道に掃除の意味を問い直し、社員への感謝を忘れず続けることで、やがて売上と直結する。その導きを行うのが経営者の使命である。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、掃除という一見単純で地味な行為を、経営や組織論の中核に据えて論じている点にある。単なる清掃活動にとどまらず、「直接的効用」と「間接的効用」という二重構造でその意義を解き明かす視点は極めてユニークである。什器や備品を自分たちで大切に扱うことで耐用年数が延びるという物質的効果から、社内連帯感の醸成、さらには社員の自発性や挑戦心の喚起にまで発展する論理は説得力が高い。特に「行動が心理を導く」という逆転の発想は、従来の経営学に対する新しい挑戦であり、理論的裏付けに実例を添えている点が読者に強い印象を与える。

悪い点

一方で、本書には一定の限界も見受けられる。まず、掃除を万能の経営手法として語る傾向が強く、他の要因とのバランスに欠ける印象がある。確かに掃除は象徴的な非通常業務として意味を持つが、売上や離職率改善などの成果をすべて掃除に帰結させる論調はやや単線的である。また、事例として紹介される企業が成功例に偏っており、失敗例や中途挫折のケースに触れていない点も現実性を欠く。さらに、掃除を経営に導入する際の文化的背景や企業規模の違いについての考察が薄く、中小企業やグローバル企業への適用可能性については十分に議論されていない。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「小さな行動の習慣化が組織を大きく変える」という普遍的な真理である。掃除を通じて社員が「自ら考え、動く」習慣を身につけることで、仕事に対する主体性が自然に育まれていく。これは掃除に限らず、他の非通常業務や新しい取り組みにも適用可能である。重要なのは、経営者が率先垂範し、社員をほめ、感謝の気持ちを持ち続けるという姿勢である。その姿勢こそが習慣化のループを回す「報酬」となり、長期的に組織文化を形作っていく。本書は、行動を通じて心理を動かすマネジメントの在り方を強調し、現代の「コントロール型経営」に対する鮮烈なアンチテーゼを提示している。

結論

総じて本書は、掃除を切り口にした独自の経営論であり、形式的なノウハウ書を超えた哲学的な含蓄を備えている。特に「習慣化の経営」という概念は、変化の激しい時代においても社員と会社を強く結びつける基盤として有効だろう。ただし、掃除を経営改善の万能薬として捉えるのではなく、組織変革の一手段として位置づけるバランス感覚が読者には求められる。批判的に読み解けば、本書は「経営とは結局、人間をどう動かすか」という根源的問いに対して、掃除を通じた具体的な答えを提示しているといえる。実践と理論が緊密に結びついた一冊として、経営者やリーダーに限らず広く読まれる価値があるだろう。