著者:川上量生
出版社:KADOKAWA
出版日:2013年10月10日
ゲーム体験がビジネス思考の源泉に
川上氏は、ビジネスにおいてロジックを組み立てる際、これまでに遊んできたゲームが大きな影響を与えていると語る。ゲームを通じて鍛えられる能力は、ビジネスのさまざまな局面で応用可能だからだ。実際、彼が代表を務めるドワンゴには「廃ゲーマー」と呼ばれるほどゲームに没頭していた社員が数多く活躍している。
ゲームよりもリアルな「現実」という舞台
自身もゲーマーである川上氏だが、やがて現実のほうがよりリアルなゲームであると感じるようになり、ゲームからは距離を置くようになった。彼にとってビジネスは、現実という大きなゲームのひとつなのだ。
思考法を鍛えたシミュレーションゲーム
川上氏が特に重視していたのは、非電源型のシミュレーションゲームである。10時間以上をかけて戦略を練るこれらのゲームは、思考のトレーニングとして最適だった。『Age of Empires』などのウォーシミュレーションからも多くを学んだという。
「ルールを変える」という発想
シミュレーションゲームでは、プレイヤー自身がルールを変えることもある。ルールの一部を変えるだけで勝敗が逆転することもある。この発想は現実社会にも当てはまり、既存のルールに従うだけでは勝てない状況で「ルールが変わる瞬間」を見つけることが重要になる。
ビジネスにおけるルール検証の重要性
ビジネスもゲームと同じで、まずはルールを徹底的に検証することから始めるべきだ。業界慣習など「変えた方がよいルール」は意外に多い。時代の変化に応じて原理原則を見直す姿勢が、競争優位につながる。
ビジネス戦略は「逆算思考」で描く
川上氏の戦い方は、最終的なゴールをまず描き、そこから逆算してプロセスを組み立てるという方法だ。たとえ途中で環境が変わっても、大枠のイメージは大きく変わらない。
ニコニコ動画の誕生と戦略仮説
ニコニコ動画は当初「生放送サービス」として構想された。YouTubeとの差別化を考えた川上氏は、外資系が日本でゲリラ戦に弱いこと、日本のコンテンツホルダーと海外企業は分かり合えないという2つの仮説を立てた。この戦略によって、YouTubeに対抗しうる基盤を築こうとしたのだ。
独自性を保つ難しさと価値
ニコニコ動画はSEOやソーシャル化に注力せず、独自性を最優先した。お金で解決できる差別化ではすぐに追随されてしまうためだ。川上氏は「説明できないが正しいと思える感性」こそが独自性の源泉であり、そこからヒットが生まれると説く。
社員全員で挑んだ『ブラウザ三国志』
ドワンゴは会社ぐるみで『ブラウザ三国志』に挑戦した。初心者の多い中、ゲーマー社員が攻略法を共有し、川上氏は同盟のプロフィール作成や檄文でモチベーション維持に徹した。プレイヤーの稼働率を高めることが勝敗を分けるこのゲームは、組織経営にも通じる点が多かった。
インターネット社会と「人間の部品化」への懸念
川上氏は、インターネットの発達によって人間が「部品化」してしまうのではないかと警鐘を鳴らす。システムやロジックに支配され、個人の価値観や多様性が失われる危険性があるという。
脳の退化とインターネット依存のリスク
人間も家畜のように脳が退化する土壌ができていると川上氏は見る。インターネットでは質の低い記事が拡散され、それを見抜けない人が増えていることが問題だ。考える行為そのものが外部に委ねられつつある現状は、人間の「部品化」を加速させている。
システム速度の加速と人間の居場所
インターネットによって社会システムの速度は人間を超えた。機械がすべてを担う世界で、人間の居場所はどこにあるのか。川上氏はこの流れに抗いたいと考え、それがニコニコ動画のテーマにもなっている。
巨大な流れと「逆側のニッチ」
歴史的にコンピューターが人間を置き換える流れがある一方、その反動として人間らしさを求める巨大なニッチも必ず生まれる。川上氏は、その逆側の可能性に注目している。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、ビジネスとゲームを大胆かつ説得力をもって重ね合わせた視点にある。川上氏は、自身が没頭したシミュレーションゲームの経験を土台に、戦略立案や多層的思考の鍛錬が現実のビジネスに応用可能であることを実例とともに示す。特に「ルールを変える」という発想は、既存の枠組みに従うだけでは勝てない環境に挑む者にとって極めて示唆的だ。また、ニコニコ動画という一大成功事例を通じて、独自性の保持や「説明しきれない感性」の重要性を強調する点も興味深い。川上氏の「ギリギリアウトを狙え」という言葉は、模倣困難な独自性こそが競争優位の源泉であるという現実を端的に表しており、読者に強烈な印象を残す。
悪い点
一方で、本書にはいくつかの弱点も見られる。まず、川上氏の語りは体験談や感覚的な比喩に依存する部分が多く、論理的な体系化に欠ける箇所が散見される。たとえば、インターネットが人類を「ミトコンドリア化」させるという仮説は比喩としては刺激的だが、科学的・社会学的な裏付けは十分とは言えない。また、ニコニコ動画やブラウザ三国志といった具体例は興味深いが、内輪的なエピソードの域を出ないため、普遍性に乏しい部分もある。読者によっては、川上氏の「ゲーマー的感性」をビジネス全般に拡張することに飛躍を感じ、やや独善的に映る可能性があるだろう。
教訓
本書から得られる最も重要な教訓は、成功するためには既存のルールや常識を無批判に受け入れるのではなく、それを検証し、必要なら大胆に変える姿勢が不可欠だということである。特にビジネスの世界では、環境の変化に伴って最適解も常に変動するため、柔軟な思考が求められる。また、差別化を「説明しきれない感性」の域まで高めるという川上氏の指摘は、模倣困難な独自性を築く上で強い示唆を含む。さらに、組織運営における「一人が場を盛り上げ、他がそれに乗る」という手法は、必ずしも民主的ではないが、モチベーションの維持や集団の一体化という観点では現実的かつ有効であることを示している。これらはゲームから抽出された知恵でありながら、実社会に直結する普遍的な戦略的思考法である。
結論
総じて本書は、ゲームを通じて培った思考がいかにビジネスに役立つかを独自の切り口で描いた挑戦的な書である。論理的整合性や実証性には弱さがあるものの、川上氏の語り口からは「常識を疑い、独自の道を切り拓くべきだ」という強いメッセージが伝わってくる。インターネットによって加速する「人間の部品化」という未来像への警鐘は、誇張的であるにせよ無視できない問題提起であり、テクノロジーの進展にどう向き合うかを考える契機となるだろう。本書を読み終えたとき、読者はゲームとビジネスの境界を超え、いかにルールを見直し、変革の瞬間を掴むかという問いを胸に刻むはずだ。批評的に見れば荒削りな部分はあるが、その生々しい実感と独自の視座こそが、本書を一読の価値ある作品たらしめている。