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「ヒットの正体 1億人を動かす「潜在ニーズ」の見つけ方 “そうそう、それが欲しかった”」の要約と批評

著者:山本康博
出版社:日本実業出版社
出版日:2014年05月10日

ヒット商品とは何か

巷には、ヒット商品と呼ばれる商品やサービスが人々の注目を集めている。本格ドリップコーヒーが味わえるコンビニコーヒーや、大手の半額以下であるLCC、特定保健用食品に認定されたコーラ系炭酸飲料などがその例である。

ヒットを生み出すカギは「潜在ニーズ」

ヒットの成否を分けるのは『潜在ニーズ』である。モノも情報も溢れる現代において、自覚できない欲求を満たすアイデアこそがヒットにつながる。

潜在ニーズの見つけ方

潜在ニーズを発見するのに特別な才能や莫大な予算は不要である。既存の技術でも組み合わせや工夫次第でヒットは生まれる。

マーケティングの定義

マーケティングとは「人や社会に刺激と感動を与え、行動を起こさせること」である。日常の行動や工夫の中に、その本質がある。

伊藤園「ぎゅっと搾ったレモン水」と「充実野菜」

著者が最初に手掛けたのは1991年発売の『ぎゅっと搾ったレモン水』。レモンの粒を入れる工夫で大ヒットを記録した。続く『充実野菜』も大成功し、ヒットの連発から「潜在ニーズは誰でも見つけられる」という確信を得た。

日本コカ・コーラ「リアルゴールド」の缶化

栄養ドリンクの常識であったガラス瓶をアルミ缶へ変更。自販機への導入率が急増し、爆発的な売上を記録した。

JT「ルーツ」

缶コーヒー市場への挑戦で生まれた『ルーツ』。独自の製法、デザイン、CM戦略により大ヒットを果たした。

潜在ニーズの正体

潜在ニーズは「無意識」の世界に存在する。顕在意識に基づく市場調査では掘り起こせず、常識を疑う姿勢が必要である。

文句から潜在ニーズを探る方法

「文句」は不足を示すサインであり、潜在ニーズの源泉となる。グループインタビューでも文句を引き出すことで本音が浮かび上がる。

最後の一歩を踏み出すのは自分自身

潜在ニーズの仮説を最終的に決めるのは他人ではなく自分。強い思いこそがヒットを生む原動力となる。

ターゲット像をリアルにイメージする

自分がターゲット顧客でない場合は「もし自分がその立場だったら」と置き換えて考えることが重要である。

「お助けシート」による商品企画

潜在ニーズを基に商品を立案する際には「困りごと」「助け方」「数値目標」「説明方法」などを整理する「お助けシート」が有効である。

ブランド憲法とポジショニングステートメント

商品を他と区別するために「ターゲット」「戦場」「差別化」「根拠」を明確化し、ブランド憲法として一貫性を保つことが重要である。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、ヒット商品の裏側に潜む「潜在ニーズ」の重要性を、多彩な実例を交えて具体的に描き出している点にある。伊藤園の「ぎゅっと搾ったレモン水」や「充実野菜」、日本コカ・コーラの「リアルゴールド」の缶化、JTの「ルーツ」など、著者自身が関わったプロジェクトを通じて「なぜそれが売れたのか」を検証しており、机上の理論ではなく、実践に裏打ちされた説得力がある。また「文句を聞くこと」が潜在ニーズ発見の方法であると示した点は斬新で、消費者の否定的な声をあえて拾い上げるという逆転の発想は、多くのマーケターにとって目から鱗となるだろう。マーケティングを「人を感動させ、行動させること」と定義し、日常的な人間関係にまでその本質を拡張する視点も、非常に平易でわかりやすい。

悪い点

一方で、著者の経験談に大きく依拠しているため、客観性や再現性にやや乏しい点は否めない。市場調査を全面的に否定する姿勢も極端で、確かに潜在ニーズは数値化しづらいが、顕在ニーズの把握やトレンド予測に調査は不可欠である。実際、著者が強調する「自分の直感」や「自分だったら欲しい」という思考は、カリスマ的な資質や豊富な経験があるからこそ成功した可能性が高く、一般化には危うさがある。また「ブランド憲法」といった用語の導入は面白いが、体系的な理論構築としてはやや散漫で、学術的に学びたい読者には物足りなく映るだろう。つまり、本書は実践者の体験記としては秀逸だが、普遍的な方法論を求める読者には不十分である。

教訓

本書から導かれる最大の教訓は、「常識を疑い、消費者の文句に耳を傾け、自分の直感に責任を持つこと」がヒットの条件であるという点だ。成功例に共通するのは、既存の前提に安住せず「なぜ今までこうであったのか」を問い直す姿勢であり、その結果、ガラス瓶をアルミ缶に変えるといった小さな転換が巨大な成果を生み出している。また、「自分自身が欲しいと思えるもの」にこそ説得力が宿るという指摘は、単なるデータ分析では到達し得ない人間的な洞察を示している。さらに、潜在ニーズは「誰もが気づいていない不満や違和感」の中に眠っているという視点は、商品開発に限らず、組織改革や新規事業創出にも応用可能である。要するに、成功の鍵は「不満を希望に変える力」にある。

結論

総じて本書は、マーケティングや商品企画に関わる人はもちろん、日常的に「他者を動かす」立場にある全ての人にとって示唆に富む一冊である。ただし、著者の経験則に大きく依存しているため、再現性を高めるためには自らの現場で検証し、補完的にデータや理論を取り入れる必要があるだろう。「潜在ニーズ」という言葉がキャッチーであるだけでなく、その掘り起こし方を「文句」や「直感」といった生々しい手段に結びつけた点で、本書は実務者に強いインスピレーションを与える。完璧なマニュアルではないが、「ヒットは偶然ではなく必然である」という著者の確信は、挑戦する者の背中を押す力を持っている。