著者:金井壽宏
出版社:日本実業出版社
出版日:2014年03月13日
仕事とは何かという問い
いったい仕事とは、「つらく、義務という位置づけの苦役」なのか、それとも「面白く、自分を磨くお勤め」なのか。本書の第1章はこの問いかけから始まる。著者はそのどちらの立場も正しいと考えている。
多くの著名人やビジネス書は「やりたい仕事を探すべきだ」と主張する。しかし「やりたい仕事」が見つからなくても、不幸になるわけではない。生きていくための「なりわい」としての働き方も存在するのだ。
著者は、まず「好きな仕事に打ち込みたいタイプ」か「趣味で満足できるタイプ」かを考えることを勧めている。重要なのは、自分の「軸」を持てるかどうかだ。
行動を生み出す2つのエンジン
人を仕事に向かわせるエンジンには2種類ある。1つは「生きるための危機感」、もう1つは「未来への希望」である。
危機感は古くから研究され、人類にとって本質的に重要とされる。一方で希望は「達成感」「進捗感」「承認」「成長」「自尊心」「期待」といったポジティブな感情を源とする。人が行動するには、この両方が必要だ。
仕事とお金のバランス
第1章の最後では、仕事とお金の関係が語られる。夢ややりたいことを犠牲にしてまでお金を追う必要はないが、生活の基盤を作るためにはある程度の収入が不可欠だ。
マズローの欲求階層説のように、まずは基盤を満たすことが夢や希望を叶える前提となる。重要なのは、自分に合ったバランスを自覚して働くことだ。
やる気を失ったときの対応
「やる気が持てる仕事が与えられない」という悩みは多くの若者が直面する課題である。大切なのは「誰にでもやる気を失う時期がある」と理解し、早めに立て直すことだ。
著者は、自分なりの「持論(プラクティカル・セルフセオリー)」を持つことを勧める。過去の努力や成功体験を振り返り、やる気を取り戻すきっかけを言語化することで、モチベーションをコントロールできる。
一皮むける経験
著者が取材した優れたビジネスパーソンは例外なく「超回復(リデンプション)」の経験を持っていた。困難を乗り越えることで土台が強くなるのだ。
この「一皮むけた経験」には大きく3つのタイプがある。①仕事上の経験 ②周囲の人からの影響 ③学習機会(研修・読書・映画など)。これらを経ることで仕事の見方や自信が大きく変わる。
よいガマンとわるいガマン
著者は若手への助言として「わるいガマンはするな。よいガマンはしよう」と語る。よいガマンとは、仕事の面白さを知るために必要な最低限の努力である。
努力する前に「合わない」と決めつけてしまうのは危険だ。仕事の意義や役割を理解するまでは辞めるべきではない、と著者は主張する。
加入儀礼と適応
希望する部署に配属されない、仕事内容が期待と違う――こうした状況はよくある。モチベーションを保つためには「加入儀礼」を乗り越えることが重要だ。
職場での加入儀礼とは、①組織になじみメンバーとして認められること、②仕事で一人前として貢献できること。この両方を満たさないと、半人前として扱われてしまう。
キャリアを考える3つの質問
本書の最後では、自分のキャリアを考えるうえで有効な3つの質問が紹介される。
- 自分の得意は何か
- 自分がやりたいことは何か
- どのようなことに意味を感じ、社会に役立てるのか
この問いに答えることでキャリアの軸を築ける。会社と価値観が合わないときは、①組織を離れる、②意見を伝える、③折り合いをつけて残る――の3つの選択肢がある。最もよくないのは「間違っている」と思いながら居続けることだ。
批評
良い点
本書の最大の強みは、仕事に対する価値観を二項対立的に単純化せず、複数の立場を肯定的に捉えている点にある。多くの自己啓発書が「やりたいことを追い求めよ」と説く一方で、本書は「やりたいことがなくても不幸ではない」という現実的な視点を提示している。これは、キャリアに悩む若者や社会人にとって過度なプレッシャーを和らげる効果を持つ。また、著者が「危機感」と「未来への希望」という二つの行動エンジンを提示し、それぞれが人間の行動にどのように影響を与えるかを整理している点は非常に説得力がある。さらに「よいガマン」と「わるいガマン」の区別や、「加入儀礼」といった文化人類学的な視点の導入は、読者に新たな認識の枠組みを与え、従来のビジネス書にはない深みを生み出している。
悪い点
一方で、本書にはやや抽象的に過ぎる部分があり、読者によっては実践への橋渡しが弱いと感じる可能性がある。たとえば「自分なりの持論を持て」といったアドバイスは一見有用であるが、具体的にどのように形成し、日常業務にどう応用するかの実例が乏しい。また、優れたビジネスパーソンの「超回復」経験を挙げているが、その紹介は一般的で、読者が自らの状況に置き換えて考えるには少し距離がある。さらに、「自分の軸を持て」と繰り返し強調されるが、軸を見出すための体系的な手法や段階的なプロセスが不足しているため、結局は自己啓発的な標語として受け止められかねない点が弱点である。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、仕事に対する価値観や動機は人それぞれであり、他者や社会が提示する「正解」に盲目的に従う必要はないということである。仕事は「生活の糧」としての側面もあれば、「自己実現」の舞台としての側面もある。重要なのは、自分がどちらを重視し、どのようなバランスを受け入れられるかを明確にすることだ。また、モチベーションには必ず浮き沈みがあり、それを支える「土台」や「持論」を持つことが再起の力となる。さらに、キャリアの選択においては「わるいガマン」を避け、自分にとって意味のある「よいガマン」を通じて成長することの大切さを学べる。これらは単なる理想論ではなく、日常の小さな挫折や期待外れの経験に直面した際にこそ役立つ知恵である。
結論
総じて本書は、若手社会人やキャリアに迷う人々にとって、過度な理想論に偏らない実践的な視座を与える一冊である。抽象的な部分や、もう一歩踏み込んだ実例提示の不足は否めないものの、「危機感と希望の両輪」「よいガマンとわるいガマンの峻別」「加入儀礼の重要性」といった概念は、仕事観を整理し直すうえで強いインパクトを持つ。読者は本書を通じて、「仕事とは自分にとって何か」という根源的な問いを改めて自らに投げかけることになるだろう。そして、その答えは万人に共通するものではなく、それぞれが築くべき「自分の軸」にほかならない。本書の価値は、その問いかけを誠実に行い、読者を自らの思索へと導く点にあると言える。