著者:松尾昭仁
出版社:日本実業出版社
出版日:2011年11月29日
教えることを避けてしまう理由
部下や後輩が自分のレベルに追いつくまでには時間がかかります。そのため「自分でやったほうが早い」「教えてもすぐには成果が出ない」と考え、教育を後回しにする人も少なくありません。
短期的視点の落とし穴
「自分でやったほうが早い」という発想は短期的には正しいかもしれません。しかし、それを続ければ数年後、自分が抱え込む仕事が増え、本来の役割に集中できなくなる危険性があります。長期的な視点で教育に時間を投資することが大切です。
教えることの3つのメリット
教える行為には、次のような利点があります。
- 知識の棚卸し:自分のノウハウを整理できる
- 学びの深化:相手への伝え方を工夫することで、自分も学べる
- 基礎の復習:初心者に教えることで、自分が忘れていた基本を思い出せる
教えるときは小さなステップで
一度に多くを教えるのは逆効果です。ポイントは3つまでに絞り、例えば営業を教えるなら「名刺交換」を最初のゴールに設定すると効果的です。細分化して段階的に教えることで、理解が深まり応用も効きやすくなります。
部下の反応に一喜一憂しない
反応が薄いからといって理解していないとは限らず、逆に反応が良くても理解不足のこともあります。質問が出ない場合は特に注意が必要で、「質問できないほど理解できていない」可能性もあります。
成長を促す「黙る我慢」
営業同行などで部下の説明不足をすぐフォローしてしまうと、成長の機会を奪ってしまいます。教育中はあえて黙って見守り、段階的に難しい仕事へ挑戦させることが必要です。
教える意義を伝える
「なぜ教わる必要があるのか」を説明しなければ、部下は納得しません。メリットや必要性を部下の立場に立って伝えることで、学ぶ意欲を引き出せます。
部下への信頼と承認
上司が期待や信頼を言葉と態度で示すことは、部下の自信につながります。また、できる部下も「ほめられたい」と思っています。叱るより「ほめて伸ばす」姿勢が重要です。
部下のタイプ別指導法
部下の特徴に応じて教え方を変えると効果的です。
- 初心者:素直に吸収するので教えやすい
- 文句を言う部下:即効性あるノウハウで納得させる
- 根拠なき自信型:失敗から学ばせる
- リスク過敏型:上司が責任を持つと伝える
- 年上部下:敬意を払い「頼りにしている」と示す
- 年下部下:新しい知識を持つことを認める
- 学ぶ気がない部下:働く意義を繰り返し伝える
- 頑張りすぎる部下:努力が無駄でないと伝える
多人数指導での準備
研修や勉強会では「本番」までの準備が成果を大きく左右します。必ずリハーサルを行い、相手のレベルに合わせた内容を組み立てましょう。
教える場に求められる演出力
人の集中力は長く続かないため、楽しませる工夫も必要です。明るく適度にハイテンションで臨むことで、学ぶ側にも良い雰囲気が伝わります。
批評
良い点
この本の最も優れた点は、「教えること」の意義を短期的効率ではなく中長期的視点から捉えていることだろう。「自分でやった方が早い」という思考に陥りがちな現場感覚を肯定しつつも、それが長期的には組織の成長や自身のキャパシティを妨げる危険性を明確に指摘している。さらに、教える行為が単なる「部下育成」ではなく、自分自身の知識の整理や基本の再確認につながるという多面的なメリットを説いており、教育を「投資」として再定義している点は非常に価値がある。具体的な指導法の提案も豊富で、名刺交換の指導例のように「細分化」して教える方法は実践的で説得力がある。
悪い点
一方で、この本はやや「理想論」に偏る傾向も否めない。例えば、部下をタイプ別に分類して教え方を変えるという手法は興味深いが、実際の職場では複数の性質を併せ持つ人間が多く、必ずしも単純に区分できるわけではない。また、上司側の「忍耐」や「我慢」に重きを置く記述が多いが、現実には上司自身の業務量やプレッシャーが大きく、十分な余裕を持てない場合もある。したがって、現場でどうバランスを取るのかという「実務上の限界」への配慮が薄い点は惜しまれる。また「ほめて伸ばす」の強調も、文化や個人の価値観によっては必ずしも効果的ではなく、普遍的な処方箋として提示するにはやや単調に感じられる。
教訓
本書から得られる教訓は、教育とは「効率」ではなく「時間をかけて積み上げる資産形成」であるということだ。部下に教えることで短期的には生産性が下がっても、その経験は後に必ずリターンとして戻ってくる。また、教える側が自分の知識を整理する過程は、自己研鑽そのものにつながる。さらに、部下に対する態度や言葉がその自信や成長意欲を左右するという示唆は、組織運営においても普遍的な教えである。つまり「信じて任せる」「褒めて支える」「焦らず待つ」という三つの姿勢が、教える立場の根幹を成すべきものだと学べる。
結論
総じて、この本は「教えること」を通じて人と組織の成長を促す指南書であり、現場の上司や教育担当者にとって有益な視点を多く与えてくれる。ただし、現実の職場環境に即して考えると、提示される方法論をそのまま適用するのではなく、自身や組織の状況に応じて柔軟にカスタマイズする必要がある。理想と現実のギャップを理解しつつ、それでも「教えることの意義」を見失わない姿勢を持つことこそ、本書が最も強調しているメッセージであろう。教育を避けず、むしろ自らの成長の手段として積極的に受け入れるべきだという点に、本書の真の価値がある。