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「僕たちがスタートアップした理由 閉塞感を打ち破る若者たちのバンド感覚で起業の時代」の要約と批評

著者:孫泰蔵(監修)、MOVIDAJAPAN株式会社
出版社:フォレスト出版
出版日:2012年10月26日

新しい就職と起業の傾向

ここ1〜2年で注目されるようになった就職と起業に関する新しい流れとして、次の3点が挙げられます。

  1. やりたいことがあるから起業した
  2. 新卒就職は第二の選択肢だった
  3. 起業しやすい環境が整ってきた

従来は「やりたいことを実現するために起業する」という当然の選択が難しかったのですが、近年はその当たり前をシンプルに実行する学生が増えてきました。MOVIDA JAPANは、こうした若者たちを支援することを目指しています。

学生が起業を選ぶ背景

MOVIDA JAPANは、すべての学生に起業をすすめているわけではありません。しかし、学生時代に「本当にやりたいこと」を見つけた人には、就職ではなくスタートアップという選択肢を提示しています。

従来の「新卒一括採用」は、卒業直後に就職しないと不安になる仕組みを生みました。しかし今では「一流企業に入れば一生安泰」という神話も崩れ、若者は「就職」と「起業」の両方に不安を感じています。そうした中で、「自分が本当にやりたいこと」に基づいた行動を選ぶ動きが広がっているのです。

学生起業家の事例

例えば、

  • trippiece代表・石田言行氏:大手広告代理店の内定を辞退し、ソーシャル旅行サービスを起業
  • Creatty代表・大湯俊介氏:コンサル会社への就職ではなく、オンラインギャラリーサービスを立ち上げ

彼らは「安定収入を得た後に起業する」道も選べましたが、あえて早く挑戦しました。その理由は「やりたいことを先延ばしにする方がリスクが大きい」と考えたからです。

起業コストの低下と支援の広がり

かつてはサーバー投資など多額の資金が必要でしたが、現在は以下の変化によって参入障壁が大きく下がっています。

  • サーバー代が大幅に安価に
  • SNSやYouTubeなど無料の発信手段の普及
  • コワーキングスペースの利用で家賃削減

さらに、シードアクセラレーションと呼ばれる起業支援制度が整い、MOVIDA JAPANも選抜されたスタートアップに資金・ネットワーク・ノウハウを提供しています。

シリコンバレーに学ぶ支援の仕組み

MOVIDA JAPANの取り組みは、シリコンバレーの投資家集団「500 Startups」などをモデルにしています。シリコンバレーでは、

  • アイデアよりも「実現する人」に価値を置く文化
  • 多数のスタートアップが誕生する環境
  • 失敗しても再挑戦が尊重される風土

が根付いています。YCombinatorや500 Startupsは、資金やオフィスを提供し、起業家が成長する場を整えています。

日本とシリコンバレーの経営スタイルの違い

日本の経営者は「修行僧のように自らスキルを磨く」傾向がありますが、シリコンバレーでは成長段階に応じて必要な専門家を迎え入れる「チームアタック」が一般的です。Yahoo!やGoogleがCEOを交代させてきたのもその一例です。

「バックパッカー起業」という提案

MOVIDA JAPANは、日本での起業数を増やすために「バックパッカー起業」を提唱しています。これは、いきなり大きな目標を掲げるのではなく、まずは小さな市場で起業して経験を積む考え方です。数を増やすことで将来の大企業や新たなリーダーが生まれる可能性があります。

好きなことを仕事にする重要性

大企業に就職しても、安定は保証されません。むしろ多くの高学歴エリートは多忙で「幸せ」と言い切れない状況にあります。そこで基準となるのは「好きかどうか」です。好きな仕事だからこそ集中でき、人としても輝けます。

起業はそのための有効な手段であり、「傍を楽にする」「一隅を照らす」といった考え方を実践することで、身近な人に感謝され、自分自身も幸せを感じられるのです。MOVIDA JAPANは、そうした起業の機会を広げることを使命としています。

批評

良い点

本書の大きな魅力は、従来の日本的就職観念に縛られない新しい価値観を提示している点にある。これまで「新卒一括採用」や「大企業=安定」といった通念に囚われてきた若者たちに対し、やりたいことを中心に据えたキャリア選択を促しているのは革新的である。特に、実際に大手企業からの内定を辞退して起業した若者の事例を豊富に紹介し、彼らの「やりたいからやる」という率直な動機を肯定的に描くことで、読者に強い共感と勇気を与える。また、起業のハードルを下げたIT環境の進化や、シードアクセラレーションなどの支援制度について具体的に描写しているため、単なる精神論にとどまらず実務的な説得力も兼ね備えている点は評価に値する。

悪い点

一方で、本書の主張はやや理想主義的で、現実の厳しさに対する視点が不足している印象を受ける。確かに起業のコストは下がったものの、起業後の継続的な成長や市場競争の厳しさについての分析は薄い。また、紹介される成功事例はカリスマ性のある若者や特異な才能を持つ人物が中心であり、凡庸な学生が同じ道を歩んだ場合のリスクや失敗例への言及が乏しい。そのため、読者によっては「自分もやればできる」という過度な楽観を抱かせてしまう恐れがある。さらに、シリコンバレーのエコシステムをそのまま日本に移植できるかのように語られているが、日本の文化的背景や制度的制約への深い考察が欠けている点も批判の余地がある。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「キャリアの出発点を『安定』ではなく『情熱』に置くことの価値」である。やりたいことを先延ばしにして結局やらないよりも、早期に挑戦し経験値を積み重ねることが、将来的なリスク回避につながるという発想は多くの示唆を含んでいる。また、起業が必ずしも壮大な目標を伴う必要はなく、小さな市場や身近な課題からでも始められるという「バックパッカー起業」の考え方は、日本の硬直した労働観を崩す柔軟なアプローチとして注目に値する。さらに、シリコンバレーに見られる「アイデアより実行力を重視する文化」や「チームで必要な人材を迎え入れる柔軟性」は、個人主義的な修行の延長線上に経営を置きがちな日本の起業家にとって重要な視座を提供している。

結論

総じて本書は、日本の若者に「好きなことを仕事にする」というシンプルかつ根源的な問いを突きつけ、就職・起業に関する固定観念を揺さぶる挑戦的な一冊である。その意義は決して小さくなく、日本社会が次世代に必要とする多様なキャリアパスの提示として評価できる。しかし同時に、現実の厳しさや失敗の可能性を十分に描き切れていないため、読者がそのまま行動に移す際には一定の危うさを残す。本書を手に取るべきなのは、就職活動に漠然とした不安を抱える学生や、キャリアの再設計を考える若手社会人である。彼らにとって本書は、従来の「安定神話」から解放され、自らの情熱を軸に新しい選択肢を模索するための重要なきっかけとなるだろう。