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「新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?」の要約と批評

著者:遠藤功
出版社:あさ出版
出版日:2014年01月17日

テッセイとは ― 新幹線清掃のプロ集団

新幹線の車両清掃を担う「鉄道整備株式会社」。通称「テッセイ」は、その丁寧かつ迅速な仕事ぶりがSNSで話題となり、ツイッターでは数万人ものフォロワーから支持を得ています。
「整列からの一礼がかっこいい」「日本の良いイメージを作っている」といった声も多く寄せられ、国内外から注目される存在となっています。

歴史と役割

テッセイは昭和27年、旧国鉄時代に設立され、現在はJR東日本グループの一員です。東北・上越新幹線をはじめ、東京駅や上野駅の清掃を中心に業務を展開しています。
「縁の下の力持ち」としての役割が評価され、『日経ビジネス』では「最強のチーム」と紹介されるなど、多くのメディアにも取り上げられています。

清掃の所作が伝えるもの

掃除という行為は「無言の説法」とも言われます。汚れを一心に取り除く姿は、見ている人の心を打ち、尊さを感じさせます。テッセイの仕事ぶりには、日本人の美徳が凝縮されているのです。

仲間を支える「エンジェル・リポート」

テッセイには、現場で働く仲間を互いに褒め合う「エンジェル・リポート」という制度があります。
ある若い社員は人前で話すことが苦手で、当番のテキスト朗読を避け続けていました。しかし、先輩や仲間の励ましを受け、勇気を出して声に出すことができ、大きな拍手に包まれました。
「みんな仲間だから」という言葉が、彼に自信を与えたのです。

お客様への思いやり

現場での仕事は清掃だけではありません。ある日、目の不自由なお客様を丁寧に案内したところ、「声であなたを思い出しました」と感謝の言葉をいただいたエピソードもあります。
テッセイの仕事は、安全と快適さに加え、人と人との温かいつながりを生み出しているのです。

「最強のチーム」への変革

かつてのテッセイは「普通の清掃会社」でした。転機となったのは2005年、矢部輝夫専務が着任したことです。矢部氏は「トータルサービス」の実現を掲げ、組織改革に着手しました。

  • グリーン車清掃チームを母体に「コメット・スーパーバイザー」を創設
  • 現場と経営陣が共に考える『思い出創成委員会』を発足
  • 小集団活動を展開し、『スマイル・テッセイ』という教育冊子を制作

これらの取り組みによって、現場の意識が変わり、ただの清掃会社から「心を届けるサービス集団」へと成長しました。

礼儀と安全 ― 一礼の意味

テッセイの特徴的な習慣である「整列して一礼」。これは礼儀だけでなく、安全確認の意味も込められています。2007年以降は「入退場時の整列」などルールを徹底し、プロ意識を高めていきました。

未来への挑戦

2012年からは「みんなのプロジェクト委員会」を立ち上げ、現場主体の運営へと舵を切りました。トップダウンではなく、現場の自由度と主体性を尊重する組織へ進化しています。
こうしてテッセイは、清掃を超えた「日本を代表するおもてなしの象徴」となっているのです。

批評

良い点

本書の魅力は、清掃という一見地味に思われがちな仕事を「感動的な物語」として描き出している点にある。特に、テッセイの清掃員が新幹線到着時に整列して一礼をする姿は、単なる作業の一部ではなく、日本的な美意識や規律の象徴として読者に強い印象を与える。また、現場の声をすくい上げた「エンジェル・リポート」や社員同士の支え合いのエピソードは、人間的な温かさとプロフェッショナリズムの両立を示しており、単なる企業紹介を超えた普遍的な価値を提示している。さらに、経営改革によって「縁の下の力持ち」が「最強のチーム」へと変貌していく過程は、組織運営や人材育成の成功例としてビジネス書的な読み応えも兼ね備えている点が評価できる。

悪い点

一方で、やや美化されすぎた記述が目立つことも否めない。社員の努力や感動的なエピソードは確かに心を打つが、それが繰り返し強調されることで、やや説教臭さや企業広報的な匂いを感じる読者もいるだろう。また、現場が抱える本当の課題や葛藤に関する描写が乏しく、理想化された成功物語としてまとまりすぎている点は物足りなさにつながる。例えば、労働環境や人手不足の問題など、清掃業界が抱える構造的な困難に触れられていないため、現実との乖離を感じる部分がある。物語としては感動的であるが、批評的な視点からは、光と影の双方を描くことでより立体的な作品になり得たのではないかと考える。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、どのような仕事であっても「誇り」と「工夫」によって、その社会的価値を高められるということである。清掃という仕事を、単に汚れを落とす行為ではなく、「お客様の旅の一部を支える大切なサービス」と捉え直すことで、スタッフの意識と行動が劇的に変わった。さらに、トップダウンの命令ではなく、現場主導で仲間同士が支え合う文化を育てた点は、現代の組織運営にも示唆的である。人は誰しも弱さや苦手を抱えているが、それを仲間との信頼関係で克服し、成長へと転じることができる。その積み重ねが、組織の強さや社会からの信頼へと結びつくことを教えてくれる。

結論

総じて本書は、日常の中で見落とされがちな「清掃」という営みを光の当たる舞台に引き上げ、その尊さを伝えることに成功している。美化の度合いには議論の余地があるものの、読者に「自分の仕事に誇りを持つとはどういうことか」を考えさせる力を持っている点で、意義深い作品である。テッセイの物語は、単に鉄道清掃の話にとどまらず、働く人すべてに共通するテーマ――仲間とともに挑戦し続け、仕事を通して社会に貢献する喜び――を描いている。したがって、この本は一企業の成功物語としてだけでなく、現代の働き方や人と人とのつながりを見直すきっかけとして、多くの人に読まれる価値があると言えるだろう。