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「ハラルマーケットがよくわかる本 イスラム巨大市場を切り開くパスポート」の要約と批評

著者:ハラルマーケット・チャレンジ・プロジェクト
出版社:総合法令出版
出版日:2013年11月21日

世界のムスリム人口と巨大市場の存在

現在、全世界のムスリム人口は約16億人(世界人口の23%)で、その60%以上が東南アジア諸国に居住しています。人口は今後も増加し、2020年には約19億人、2030年には約22億人に達すると予測されています。市場規模は2兆1000億ドルにものぼり、世界中の企業が注目する巨大市場です。

日本企業の出遅れ

しかし、日本はこの急成長市場への参入が遅れています。キユーピーや味の素など一部の企業に限られ、全体的には未開拓の状況です。親日国であるマレーシアでも、日本食店や商品が現地企業によって提供されている例が多く、日本企業の存在感は薄いのが現状です。

本書の目的

本書は、日本企業がイスラム市場に進出するための需要や事業展開のヒントを示すものです。アウトバウンド・インバウンド両面での事例を紹介し、ハラルマーケットへの理解を深めるガイドブックとなっています。

日本人とハラルへの認識不足

「ムスリムは豚肉を食べない」という程度の認識しか持たない日本人が大多数です。イスラムに対する偏見や誤解が参入の遅れを生み出しており、単一民族国家として異文化対応が不慣れな点も影響しています。

ハラルとハラムの基本

「ハラル」とはイスラム教の教えに沿った健全な商品や活動を指します。逆に、宗教的にふさわしくないものを「ハラム」「ノン・ハラル」と呼びます。食品だけでなく、生活全般に関わる概念です。

ハラル認証の重要性と遅れ

日本の商品は品質面で高評価を受けながらも、流通が進まない理由は「ハラル認証」の不足にあります。ムスリムはハラル認証を重視するため、マークのない商品は選ばれません。また、日本の空港や飲食店はムスリム対応が遅れており、受け入れ体制も十分ではありません。

食事での戒律と難しさ

ハラルの基本は「ノン・ポーク」「ノン・アルコール」です。ただし食材や工程によって認定の可否が変わるなど、線引きが難しい部分もあります。本書では具体的な「ハラルでない食材」も紹介されています。

ハラル認証の仕組み

マレーシアでは政府管轄のJAKIMが認証を行っています。認証取得には半年以上かかり、原料調達から配送まで包括的な審査が行われます。違反があれば認証は維持できません。日本でも認証機関は存在しますが、基準が統一されておらず、まだ発展途上です。

マレーシア進出のメリット

マレーシアはハラルビジネスが優遇され、日本を歓迎する土壌があります。歴史的背景から親日感情が強く、日本製品や文化も人気です。さらに「ハラルパーク」と呼ばれる工業団地や税制優遇措置が整い、進出に適した環境が整っています。

日本企業の事例

キユーピーは2009年にマレーシア法人を設立し、JAKIM認証を取得しました。味の素も進出しましたが、誤解による製品回収の事例もありました。トラブルはあったものの、両社とも東南アジアで売り上げを大きく伸ばしています。

参入しやすい商品分野

ハラル認証を得やすいのは、原料が明確でシンプルな食品です。逆に、化粧品や薬品のように成分が多岐にわたるものは認証取得が難しくコストもかかります。缶詰は保存性や流通面で有利で、今後の可能性がある分野です。

インバウンド需要の可能性

東南アジアから日本を訪れるムスリム観光客は増えていますが、祈祷室やハラル対応レストランの整備はまだ不足しています。これを逆にチャンスと捉えれば、インバウンド市場こそが大きな成果を生み出せる可能性があります。本書では成功事例も豊富に紹介され、戦略立案に役立つ内容となっています。

批評

良い点

本書の最大の長所は、イスラム市場の現状と可能性を具体的な数値や事例をもとに示している点である。人口規模の拡大や市場価値を丁寧に描き出し、日本企業がいかに遅れを取っているかを明確に指摘する姿勢は説得力がある。さらに、キユーピーや味の素といった日本企業の挑戦と苦労を紹介することで、単なる理論書にとどまらず実践的な示唆を提供している。特に「ハラル認証」の手続きやその厳格さを詳細に描くことで、参入障壁の実態を理解できる点は、ビジネス書としての価値を大いに高めている。また、マレーシアという親日的かつ制度的に整備された国を軸に据え、進出可能性を具体的に示す点も実務的な参考になる。

悪い点

一方で本書には弱点もある。まず、イスラム市場全体を語るように見えて、その中心はマレーシアや一部の東南アジアに偏っている。そのため、中東やアフリカといった広大なイスラム圏の多様性やリスクに触れる余地が十分ではなく、グローバルな視点に欠ける印象を与える。また、日本人の宗教的無関心や偏見を遅れの原因と断じているが、その分析はやや単純化されすぎている。実際には物流インフラ、輸出入の規制、コスト競争力など複合的な要因が絡んでおり、宗教的認識の不足だけに還元するのは危うい。さらに、事例の紹介も多いが、それぞれのビジネスモデルや収益性への掘り下げが浅く、成功と失敗の構造的な差異が十分に整理されていない点も惜しい。

教訓

本書から導き出される教訓は、日本企業にとって「宗教や文化への理解を欠いたままでは国際市場で競争できない」という厳しい現実である。イスラム市場は成長性に富むが、その根底には信仰と日常生活が密接に結びついた消費行動がある。単に製品の品質を誇るだけでは受け入れられず、ハラル認証を取得するための制度理解、現地消費者との信頼関係構築が不可欠だ。さらに、インバウンド需要の拡大に目を向ければ、日本国内の受け入れ体制を整えることが、観光資源としての競争力にも直結することが分かる。つまり、ハラル市場は「輸出産業」だけでなく「国内観光」にも直結する二重の意味を持っているのだ。

結論

総じて本書は、日本企業がいかにイスラム市場を軽視してきたかを突きつける警鐘であり、参入のための入門書として価値を持つ。ただし、その射程はまだ部分的であり、より広範なイスラム圏の分析や制度・文化的リスクの精緻な検討には至っていない。それでも、宗教を「異質なもの」として排除するのではなく、生活文化として理解し、共生を前提としたビジネス展開を求める姿勢は、日本社会に欠けている視点を与える。読者は本書を通じて、「ハラル」を単なる制約ではなく、新たな市場を開く鍵と捉えることができるだろう。今後この分野に挑む企業や個人にとって、本書は重要な第一歩を示す手引きとなり得る。