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「独裁力 ビジネスパーソンのための権力学入門」の要約と批評

著者:木谷哲夫
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
出版日:2014年04月20日

反権力イデオロギーの4つのタイプ

リーダーが自分の理念を貫くためには、様々な反独裁・反権力イデオロギーを打破する必要がある。著者はそれを4つのタイプに分類している。

1つ目は「すりあわせ至上主義」。中間管理職による過剰な調整で意思決定が遅れる問題である。
2つ目は「強みを生かすというお題目」。現状維持を正当化し、競争に負ける危険を孕む。
3つ目は「組織文化のせいにする」こと。社内慣習を口実に変革を拒む姿勢である。
4つ目は「間違った権限委譲の信奉」。現場任せでトップが浮き、組織が無責任体制に陥る。

権力を活用するためのリテラシー

反権力イデオロギーを克服するには、理論武装と権力の活用が必要である。
権力は特別な人物だけのものではなく、努力によって誰もが握れる。支持基盤を築き、末端まで命令が届く仕組みを作ることが重要である。

コア支持層と権力構造

組織の権力構造は「コア支持層」「予備軍」「一般メンバー」で構成される。
特にコア支持層は権力者と取引関係にあり、忠誠と報酬のバランスで動くため、インセンティブ設計が欠かせない。

権力の法則とジレンマ

権力を維持するための基本原則は次の4つである。

  1. コア支持層をできるだけ小さくする
  2. 第一層を常に不安定に保つ
  3. 予備軍を厚くし、代替可能性を確保する
  4. コア支持層には適切に報いる

ただし、広範な支持がなければ競争に勝てない一方で、少数のコア層に利益を集中させなければ権力基盤は固まらない。この「権力学のジレンマ」を克服するには、さらに「支持連合」を広げる必要がある。

企業の4類型

権力基盤と動員力によって企業は4つに分類される。

  1. 民主独裁型企業(権力基盤と動員力が強い)
  2. 階級制企業(基盤は強いが動員力が弱い)
  3. 権力中空企業(基盤は弱いが動員されている)
  4. ゾンビ企業(基盤も動員力もない)

現代では、社員一人ひとりを経営幹部候補として位置づけ、総力戦で競争に臨む体制が求められる。

権力維持の裏ワザ

合理的説得だけでは限界があるため、リーダーには裏ワザも必要となる。
例えば、社員を個人的に魅了する、接待で囲い込む、混乱を演出して仲裁者となる、重要な現場をピンポイントで動かす、沈黙で権威を示すなどである。

権力リテラシー習得の方法

権力を正しく扱うには、知識や能力を身につけたうえで、実際に組織内の権力闘争を経験することが不可欠である。

権力エンジニアリングの重要性

「良い会社があるのではなく、良い社長がいるだけだ」。
変革を担う独裁力を発揮できる人物を正しく権力の座に据え、基盤を整え、社員を動員する「権力エンジニアリング」が、企業の生き残りを左右する。

批評

良い点

本書の最大の強みは、日本企業が直面してきた「合意形成依存」や「権限委譲の誤解」など、組織的停滞の原因を鋭く分析している点にある。特に「すりあわせ至上主義」や「強みを生かす」という表現の裏に潜む保守性を指摘した箇所は、組織文化を自己目的化してしまう日本型経営の病巣を的確に突いている。また、ルイ14世やアップルの例を挙げて、権力を単なる独裁ではなく「構築すべき技術」として描き出している点も説得力がある。単なる道徳的なリーダー像ではなく、現実の権力構造を可視化し、「権力リテラシー」として学習可能なスキルとして提示している点は、現代のビジネス書として実務的かつ新鮮である。

悪い点

一方で、本書は権力の重要性を強調するあまり、その濫用や倫理的側面への配慮が弱い印象を与える。確かに「独裁力の欠如」が日本企業を硬直化させている側面はあるが、強いリーダーシップが常に企業の成長に資するわけではない。ブラック企業のように権力基盤が強固すぎる組織は、現場の疲弊を招きやすい。加えて、組織文化や価値観の重層性を「変えられない慣性」として一刀両断する姿勢はやや単純化が過ぎる。文化は抵抗要因であると同時に、組織を支える粘着力でもあるからだ。また、本書が提示する「裏ワザ」や「操作的手法」は、現場に混乱を意図的に作り出すなど倫理的に疑問を抱かざるを得ないものも含んでおり、実務への応用に際しては危険を伴う。

教訓

本書から得られる重要な教訓は、リーダーシップを「理念」や「人格」だけに還元せず、権力基盤を設計し運用する冷徹な技術として理解する必要があるということだ。企業における変革は、多数派に心地よいコンセンサスを作ることではなく、時に抵抗勢力を乗り越える力強さを必要とする。その際、リーダーは支持基盤をいかに構築し、報酬設計を通じて持続的に維持するかを考えねばならない。また、単なる「強い権力」の確立ではなく、広範な「支持連合」を形成することで権力のジレンマを克服する必要がある。要するに、権力は恐怖や強制だけでなく、魅了・報酬・大義という複合的要素で維持されるのだという洞察が示されている。

結論

総じて本書は、日本企業が抱える停滞の原因を「権力の欠如」として捉え直し、リーダーが自覚的に権力を設計・行使すべきだと説く刺激的な一冊である。その論調はやや独裁礼賛に傾き、倫理的な懸念や文化の役割を軽視する弱点もあるが、リーダーに必要な現実的な視点を与える点で高く評価できる。読者に突きつけられるのは、「良い会社とは存在せず、良いリーダーだけが存在する」という過酷な事実だ。組織変革の成否は、リーダーがどれほど権力を理解し、構築し、正しく使いこなせるかにかかっている。本書はその現実を直視させ、理想主義と現実主義の架け橋としての「権力エンジニアリング」という新たな視座を提供している。