著者:狩野みき
出版社:日本実業出版社
出版日:2013年07月01日
欧米の授業から見える「考える力」
本書は各章の冒頭で、先生と生徒が対話しながら学ぶ欧米の授業風景を紹介する。対話を通じて「自分で考える力」をどう育てるかがイメージできるだろう。本ハイライトではその描写は省くが、本書では具体的に理解を深められる。
自分の意見を作る3ステップ
著者は「自分の意見の作り方」を次の3ステップで示す。
- この事態について自分が理解していることを確認する
- さらに理解するために何を調べるべきかを把握する
- どう切り抜けるべきかという「自分の意見」を持つ
具体例:理想のリーダー像を考える
「理想のリーダー像とは何か」を考えるなら、
- いま知っていることを確認し、
- 疑問・不明点を調べ、
- 自分の結論(理想像)を言語化する、という流れになる。
クリティカル・シンキングとは
クリティカル・シンキングは、情報や主張の是非を吟味し、よりよい答えを探る思考法である。「他人に流されず、自分で考える」ための方法であり、「相手を非難する」ことではない。
クリティカル・シンキングで重視すべき点
要は根拠の検証である。ある主張について、
- 根拠として述べられている内容は正しいか
- その根拠は根拠として成立しているか
を確かめる。
実践エクササイズ
本章では初級・中級・上級のエクササイズが紹介される。手を動かしながら、クリティカル・シンキングの基礎を身につけられる。詳細は本書を参照してほしい。
理解を深める7つのTips
理解を鍛えるためのポイントは次の7つ。意識して考えることで、自分の理解度を判断しやすくなる。
- 5歳児にも伝わる言葉で説明する
- カタカナ語(例:パラダイム、コンプライアンス)を正しく定義する
- 英語など他言語に訳して違和感がないか確かめる
- 理解できていない点のリスト(理解度チェックシート)を作る
- 5W1Hで曖昧さを洗い出す
- 不明点を色分けして可視化する
- 「よい質問」を投げかけて相手理解を深める
「よい質問」の12か条
著者が挙げる質問のポイントは以下の通り。
- いつ・どこで・誰が・何を・どのように
- 何のために/なぜそう言えるのか
- 情報に突っ込みを入れる
- 必然性を問う
- データの正当性・妥当性を問う
- あいまいな言葉をチェックする
- 似て非なるものを引き合いに出す
- 物事の両面を確認する
- きっかけ・起源を尋ねる
- なぜ「今」かを問う
- 長期的な展望を聞く
- インタビュワーのつもりで背景を尋ねる
視点を増やす意義
私たちは一つの視点に偏りがちだが、立場が変われば見え方も変わる。視点を増やす作業は、ステップ2(理解を深める)とステップ3(意見を持つ)の間に位置し、考えに客観性と深みを与える。
視点を増やす4つの方法
- 「スルーできない人」(利害関係者)になりきる
- 部外者のフレッシュな視点(他国の人・100年後の人など)で眺める
- 1人弁証法(もう1人の自分に反対させる)を活用する
- ツッコミリストで徹底的に見直す
先の予測をする4手順
意見を出す前に、実現した場合の影響も考える。手順は次の通り。
- 現実化したときに起きるシナリオを作る
- そのシナリオに備えて打つべき手を考える
- 打ち手は実現可能か検討する
- いまのうちに実行すべきか判断する
暗黙の前提を見抜く
主張には見えにくい前提が潜む。根拠と結論を図式化し(例:「AだからB」)、違和感があれば暗黙の前提を疑う。たとえば「ヒアリング力が上がれば英語力が上がる」という前提が妥当かを検証する。
A4一枚の思考プロセス
「Y社に転職すべきか」などの論点を、A4一枚で整理する方法が紹介される。今日から使える実践ツールである。
日本の議論文化と課題
日本では「察する文化」の影響で、反論や質問に慣れていない人が多い。いざ意見が問われたり反論されたりすると、どう対処すべきかのルールが身についていないことがある。
議論の基本ルール14
欧米では議論のルールが共有されている。著者は次の14項目にまとめる(詳細は本書へ)。
- 絶対に正しい意見はないと心得る
- 相手にわかりやすい言葉と流れで話す
- これから話す内容の「地図」を示す
- 大事な点は表現を変えて繰り返す
- 断定的な口調を避ける
- 反論は人格否定ではない
- NOは相手からの質問と捉える
- 相手の話をさえぎらない
- 「わかったつもり」を禁じる
- 丸呑みは尊重ではない
- 相手のペースに飲まれない
- 根拠を尋ね、口に出す
- 知ったかぶりをしない
- 反対するなら代替案を示す
批評
良い点
本書の強みは、思考力を「観念」ではなく運用可能な手順へとまで分解している点にある。〈意見を作る3ステップ〉を土台に、理解を磨く〈7つのTips〉、問いを深める〈12箇条〉、視点を増やす〈4つの実践〉、決定の先読み〈4手順〉、さらに因果の図式化で暗黙の前提を見抜く——と、多層の足場が連結している。章頭の欧米授業の描写は、対話を通じて「自分で考える」様子を読者に可視化し、日本語話者が誤解しがちなクリティカル・シンキングを「非難」ではなく「根拠の吟味」と位置付け直す効果を持つ。A4一枚の意思決定シートまで落とし込む実務性も評価できる。
悪い点
一方で、チェックリストが過剰に機械化を促し、「問うこと」そのものが目的化する危険がある。欧米の授業例は雰囲気の提示に留まり、学習科学や教育実証との接続が弱く、提案がどの程度の再現性を持つのか根拠が乏しい。抽象度の高いテーマ(理想のリーダー像など)が中心で、現場の制約(時間・権力勾配・心理的安全性)が介入した場合の運用上の詰まりが描かれない。また、カタカナ語理解や英訳チェックは有用だが、専門領域では逆に意味が痩せる場面もある。文化比較もやや単純化が見られ、「欧米=議論慣れ」への一般化には注意がいる。
教訓
要は、良い問いは結論を急がず、前提・根拠・語の曖昧さに突っ込むことで立ち上がる。5歳児に説明できるまで噛み砕き、因果を「A→B」で可視化し、ツッコミリストで自説を揺さぶる。視点は当事者・第三者・未来の自分を往復し、反対は人格否定ではなく追加情報の請求だと捉える。意思決定は「起こり得るシナリオ/打ち手/実現可能性/今やる必要」の順で検討する。実務では、会議冒頭に用語定義・5W1Hの齟齬潰し、議論終盤に暗黙の前提の棚卸し、締めにA4一枚で意思決定を要約——と儀式化すると定着しやすい。
結論
本書は、思考の作法を誰もが実装できる水準にまで降ろした「入門兼ワークブック」であり、学生から若手実務家まで幅広く有効だ。ただし万能鍵ではない。現場に応じて儀式を軽量化し、心理的安全性の設計やエビデンス評価(統計・研究読み)と併走させたい。欧米的対話様式の輸入に留まらず、ローカルな言語文化と組み合わせることが肝要だ。チェックリストは杖であって檻ではない。日々の議論に小さな検証と再定義を挿入し続ける——その習慣化こそが、本書が最終的に読者へ渡す“自分で考えて動く力”の核心である。