著者:野村恭彦
出版社:プレジデント社
出版日:2015年05月16日
ファシリテーターとイノベーション・ファシリテーターの違い
一般的に「ファシリテーター」とは、会議の進行役を指すことが多いです。
一方で「イノベーション・ファシリテーター」は、新しいアイデアやプロダクトを社会に提供し、変革を起こそうとする人々を支援し、プロジェクトを前進させる舵取り役を意味します。
なぜ今イノベーション・ファシリテーターが必要なのか
これまで企業や団体は、各自が独立して課題解決に取り組んできました。しかし、グローバル化や社会課題の複雑化により、単独では解決できないテーマが増えています。
異なる立場の人々が課題を共有し、対話を通じて新たな解決策を模索することが重要になっているのです。
イノベーション・ファシリテーターの役割
イノベーション・ファシリテーターが目指すのは、課題の当事者やステークホルダー同士の関係性を変え、新たな視点を生み出すことです。
多様な立場の人々が同じ課題を多角的に見ることで、従来の発想を超えた気づきを得られます。
フューチャーセッションとは
イノベーション・ファシリテーターが中心となり、ステークホルダーを集めて未来志向の対話を行う場が「フューチャーセッション」です。
未来の問いを共有し、対話を通じて相互理解と信頼を築き、新しいアイデアを共創し、アクションへとつなげます。
良い問いの条件
フューチャーセッションの中心には「問い」があります。良い問いの共通点は次の3つです。
- 誰も考えたことがない問いであること
- 多くの人が違和感を覚えているテーマであること
- 公共性があること
また、問いが壮大すぎる場合は参加者が当事者意識を持てるよう引き寄せ、逆に身近すぎる場合は固定観念を外す工夫が必要です。
ゴール設定の3段階
フューチャーセッションを進める際は、以下の3段階のゴールを意識します。
- コア・メンバーを集める
ステークホルダーの中でも中心的な人物を巻き込み、問いをブラッシュアップします。 - フューチャーセッションを開催する
多様なステークホルダーを集め、新たな関係性を生み出します。 - アイデアやプロジェクトを後押しする
セッション後も課題解決の実行をサポートし、動きを持続させます。
セッション当日の心構え
イノベーション・ファシリテーターにとって大切なのは、時間通りの進行よりも、参加者同士が安心して対話できる関係づくりです。
対話が盛り上がったときは、進行を柔軟に調整することも必要です。
場づくりの工夫
- ホスピタリティを持って参加者を迎える
- 対話がしやすい会場レイアウトを作る
- アイスブレイクを取り入れる
- 当事者やコア・メンバーの想いを共有する「ストーリーテリング」を行う
参加者が課題を「自分ゴト」と感じられる時間を設けることが重要です。
参加者の主体性を引き出す
- 大人数でも一対一の姿勢で向き合い、意見が尊重されていると感じてもらう
- 課題が「自分ゴト」になった後は、決断を参加者に委ね、リーダー役を手渡す
対立が起きたときの対応
意見の衝突はチャンスです。ゲストスピーカーの体験談を共有するなど、対話で変化が生まれる瞬間を後押しします。
アイデアを形にするプロトタイピング
フューチャーセッションでは、アイデアを模造紙などにまとめ、課題を可視化しながら考える「デザイン思考」を用います。
また、未来の理想像から逆算して現在の行動を考える「未来思考」を組み合わせることで、実現可能なアクションを導きます。
セッション準備の流れ
- 1か月前〜
- 当事者の想いを引き出し、既存の取り組みを調査
- 招きたいステークホルダーを検討し、コア・メンバーと問いを設定
- 2か月前〜
- ステークホルダーへ告知
- スライドや必要な道具、会場レイアウトを準備
- セッション設計
- 信頼関係を築く
- 参加者に決定を委ねる
- 試作を取り入れる
ゴールによって設計は変化します。たとえば「横断的なプロジェクト創出」や「多様なメンバーでのチームづくり」などが目的になり得ます。
対話を深めるための手法
- ワールドカフェ:4〜6人の小グループで対話を重ねる
- フィッシュボウル:内側の円で対話、外側の参加者が観察・時に参加する
状況に応じて、対話を広げたり信頼を築く方法を選びます。
セッション後のフォロー
- 1週間以内にコミュニティを形成し、モチベーションの低下を防ぐ
- セッションの記録をまとめた「プロセスレポート」や「最終報告書」を作成
- 次回以降のセッションに向けて課題整理・追加リサーチを行う
批評
良い点
本書の最大の魅力は、「イノベーション・ファシリテーター」という比較的新しい概念を、理論と実践の両面から体系的に説明している点にあります。単なる会議の進行役ではなく、社会的課題の解決に向けて多様なステークホルダーを巻き込み、関係性を変容させる舵取り役という定義は、従来のファシリテーション論に一歩踏み込んだ提案です。特に「フューチャーセッション」という具体的な場づくりの方法を提示し、問いの設定や参加者の信頼醸成、デザイン思考と未来思考の融合など、実務家がすぐに活用できるノウハウが豊富です。さらに、セッション後のコミュニティづくりやプロセスレポートの重要性にまで言及しており、単なるアイデア発想会議に終わらせない実践的な知恵が詰まっています。
悪い点
一方で、本書は内容が非常に包括的であるがゆえに、情報量が多く読者を圧倒しがちです。フューチャーセッションの準備から実施、フォローアップまでのステップが詳細に語られる反面、どこから手をつければよいのかが分かりにくく、初学者にはハードルが高い印象を与えるかもしれません。また、成功事例や失敗例が具体的に紹介されることは少なく、理想論に寄っている印象も否めません。たとえば、反対意見が出た際の対応策や、異なる利害を持つステークホルダー間での調整の現実的な困難さなど、よりリアルな現場の苦労が描かれていれば説得力が増したでしょう。さらに、企業向けか市民団体向けかといった読者層の明確な想定が弱く、立場によっては抽象度が高く感じる部分があります。
教訓
本書から得られる重要な教訓は、「イノベーションは一人の天才の閃きではなく、多様な人々の対話と関係性の変化から生まれる」という点です。特に、課題の当事者が自分の想いをストレートにぶつけるだけでは他者を巻き込めないという指摘は示唆的です。共感を呼ぶ「良い問い」を立てることが、対話を促し、協働を生む第一歩となります。また、ファシリテーター自身が場のコントローラーではなく、参加者の主体性を育て、最終的にリーダーシップを委ねる姿勢が求められるという考え方は、従来のトップダウン型の問題解決アプローチとは対照的です。さらに、未来思考で理想像を描き、デザイン思考で小さく形にしていくプロセスは、社会課題の複雑性に立ち向かううえで有効なアプローチだと学べます。
結論
総じて本書は、単なる会議運営マニュアルではなく、社会変革を促すための実践書として価値があります。特に、組織の枠を超えて協働したいビジネスリーダーや、市民活動の担い手にとって、ステークホルダーを巻き込みながらイノベーションを起こすための指針となるでしょう。ただし、初めてファシリテーションに挑戦する人には少々難解な部分もあり、実践するには経験や補助資料が必要かもしれません。それでも、社会課題の複雑化が進む現代において、「問いを立て、対話をデザインする」という姿勢は多くの人にとって有益なヒントを与えてくれるはずです。理想を現実に結びつけるための知的な羅針盤として、本書は一読の価値があります。