著者:山口周
出版社:KADOKAWA
出版日:2015年10月17日
読書には2つのタイプがある
ビジネスパーソンの読書には、大きく分けて次の2つのタイプがある。
- ビジネス書を狭く深く読む読書:基礎体力を養うための読書
- 教養書を広く浅く読む読書:個性を形成するための読書
ビジネス書は定番・名著の数が少なく、直接仕事に役立つ示唆が得やすい。一方、教養書はすぐに成果に結びつかなくても後から参照できるように、「読書ノート」を作ることが重要だ。
読書は「消費」ではなく「投資」と考える
多くの人が「せっかく買ったから最後まで読まなければもったいない」と考えがちだ。しかし、読書は本代と自分の時間を投じて知識や感動、仕事上の成果や昇進につなげる投資だと捉えるべきである。
読んでもリターンが得られないと感じた本は、無理に最後まで読むより別の本に切り替える方が有効だ。
複数の本を同時進行で読む
読書を効率化するには、10冊以上を同時進行で読むことがおすすめだ。
工場や業務の効率化と同じく、読書にも「アイドルタイム(手持ち無沙汰な時間)」が発生する。1冊だけ読んでいると気分が合わない時に時間が無駄になるが、複数冊を並行すれば常に今の自分に合う本を手に取れる。
ビジネス書の選び方:読むべきは「名著」だけ
著者は外資系コンサルに転職する際、経営学の基礎を学ぶために200冊近くの定番書を読んだが、「実際にはその1〜2割でも9割の効果が得られた」と振り返っている。
凡百の本を乱読するより、経営学の古典・原典をじっくり読み込むことが重要だ。古典の解説書では、深い思考力や実践的な知的体力は身につかない。
ビジネス書の読み方:古典には「順番」がある
ビジネス書は分野ごとに代表的な入門書から読み始めると理解が深まる。著者が推奨するジャンルは以下の通り。
- 経営戦略
- マーケティング
- 財務・会計
- 組織論
- リーダーシップ
- 意思決定
- ゼネラルマネジメント
- 経済学・心理学・社会学などの周辺分野
これらを学ぶと、企業の動く論理が理解でき、自分の人生戦略にも応用できる。
たとえば経営戦略の本では「どの市場が成長するか」「どこで勝てるか」という思考が学べるが、これはそのままキャリア選択にも役立つ。
教養書の選び方:好きな分野を起点に差別化する
教養は仕事の成果を差別化する武器になる。歴史や心理学からは交渉術や組織理解のヒントが得られ、ビジネス上の発想を広げるきっかけになる。
特に30代以降は、自分なりの「掛け算」を作ることが重要だ。
例:
- ビートルズ → 「ロックンロール」×「イギリス風スタイル」
- シャネル → 「男性服の素材」×「女性服」
ビジネスパーソンも、単なる専門家ではなく分野をまたいで新しい価値を生み出せる人材が求められている。その材料は広く教養書を読むことで得られる。
教養書の読み方:情報の「イケス」をつくる
教養書は「すぐ忘れる」前提で読み、忘れても活かせる仕組みをつくることが重要だ。
- 内容を抽象化する
例:生態学の本で「遊んでいるアリがいないと緊急事態に対応できない」という事実から、
→「組織を効率化しすぎると変化に弱くなる」という仮説を導く。 - 読書ノートを活用する
- エバーノートなど検索可能なツールがおすすめ。
- 転記するのは5〜9項目程度に絞り、思考を広げるメモや行動アイデアも書き込む。
こうすることで、後から知識を組み合わせて活用できる「知的ストック」が形成される。
書店を散歩して偶然の出会いを得る
書店ではビジネス書コーナーだけを見ず、全ジャンルを歩くと意外な発見がある。
- 例:『インターフェイスデザインの心理学』はデザイナー向けだが、リーダーシップや生産性のヒントが得られる。
- 例:『モモ』の作者ミヒャエル・エンデは貨幣経済を論じた『エンデの遺言』を書いている。
カテゴリーに縛られない読書は、新しい視点をもたらす。
本棚を「知的インフラ」にする
本棚の管理にもコツがある。
- 読みかけの本は「積ん読タワー」で管理し、ランダムアクセスしやすくする。
- 長期間開いていない本は処分し、新しい本を迎え入れるスペースを確保する。
本棚を「死火山」にせず、常に新しい知識を取り込める状態にしておくことが重要だ。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、読書を「消費」ではなく「投資」として捉え直す視点を提供している点だ。多くの人が抱きがちな「せっかく買ったから最後まで読むべき」という固定観念を打ち破り、限られた時間を有効に使う発想を提示する。さらに、ビジネス書と教養書を明確に区分し、それぞれに適した読み方を示していることも実践的だ。ビジネス書は名著を狭く深く読むべき理由を、著者自身の経験と結び付けて説得力をもって説明している一方、教養書は広く浅く読み、後から参照できるよう読書ノートを作ることの重要性を強調している。この「読み方の二軸」が、単なる読書術を超えてキャリア形成や自己成長の指針になっている点が評価できる。
悪い点
一方で、本書はやや効率志向に偏りすぎている印象も否めない。時間をコストとして扱い、複数冊を同時並行で読むことを推奨する姿勢は合理的ではあるが、読書体験の本質的な楽しみや没頭する価値を軽視していると感じる読者もいるだろう。特に教養書について、知識を抽象化しビジネスへ応用するプロセスばかりが強調され、純粋な知的好奇心を満たす読書の喜びがやや後景に退いている。また、著者の経験則が中心で、読書効率化の具体的な実証データや、他の読書理論との比較が乏しいため、読者によっては方法論の普遍性に疑問を抱くかもしれない。
教訓
本書から得られる大きな学びは、「目的に応じて読書の方法を変えるべきだ」ということだ。キャリアを築くうえでは、経営学の古典や名著を深く読むことで基礎的な思考力や戦略眼を養い、個性や差別化を図るためには幅広い教養書を取り入れる必要がある。さらに、読んだ内容をすべて記憶する必要はなく、後で参照可能な仕組みを整えればよいという発想は、忙しい現代人にとって救いになる。特に「読書ノート」や「情報のイケス」を作るという比喩はわかりやすく、知識を活かす土台づくりとして有効だ。また、書店を散歩し、思いがけない出会いを楽しむことで、仕事に新しい示唆をもたらす可能性があるという点も印象的である。
結論
本書は、効率的かつ戦略的に読書を活用したいビジネスパーソンにとって有益な指南書である。特に、キャリアの初期から中堅期にかけて、どのように知識を積み上げ、差別化を図るかに悩む人にとって実践的なヒントが豊富だ。一方で、読書を「成果のための投資」として割り切りすぎる姿勢は、純粋な読書の楽しみを求める読者にはやや冷たく響くかもしれない。知識を仕事や人生の戦略に活かしたいが、時間が限られている人にとって、本書のメッセージは大きな指針となるだろう。効率と好奇心、成果と楽しみのバランスをどう取るかを考えるきっかけにもなる一冊だ。