著者:内田和成
出版社:日本経済新聞出版社
出版日:2015年01月23日
新しいビジネスは歓迎、既存企業には脅威
消費者にとって新しいビジネスやサービスは便利で魅力的だ。一方で、既存事業を持つ企業にとっては新たな競争相手の出現という脅威になる。近年は同業他社だけでなく異業種からの参入が増え、競争の土俵・相手・ルールそのものが変わりやすくなっている。
本書が定義する「ゲーム・チェンジャー」
本書では、競争の前提(土俵・相手・ルール)を変えてしまう存在を「ゲーム・チェンジャー」と呼ぶ。ゲーム・チェンジャーは、①製品・サービスが新しいか、②儲けの仕組み(ビジネスモデル)が新しいか、の組み合わせで4タイプに分類できる。
秩序破壊型(既存製品・サービス × 新しい儲け方)
既存と同じ機能を提供しつつ、収益の上げ方を変える最も手強いタイプ。
例:無料チャットアプリ「LINE」。使いやすいチャットと「スタンプ」でユーザーを拡大し、2014年4月時点で利用者は約4億人と言われた。無料通話機能は、音声通話課金で稼いでいた携帯電話会社にとって脅威となり、2014年7月には通話し放題の完全定額制導入の一因となった。LINE自身は音声通話でなく、スタンプやゲーム内アイテム課金で収益化している。
別例:スマホゲーム。基本無料+アイテム課金により、従来の「専用機+パッケージ購入」の構造を侵食した。
市場創造型(新しい製品・サービス × 既存の儲け方)
新しい用途や顧客価値をつくるが、収益モデルは従来型。既存市場をすぐ侵食しないことも多いが、新市場が置き換えに転じると既存企業に影響が出る。
例:GoPro。既存のビデオカメラ機能(背面液晶・ズームなど)を削り小型・耐衝撃・防水に特化。SNSに動画を上げる生活様式の変化を捉え、2010年の売上6,446万ドルから2013年には9億8,573万ドルへ拡大。アクションカメラ市場を切り開いた。
別例:東進ハイスクール。ライブ講義から映像講義へシフトし、地方や時間制約のある受験生でも好きな時間・場所で学べる市場を創出。
ビジネス創造型(新しい製品・サービス × 新しい儲け方)
市場創造型と秩序破壊型の要素を併せ持ち、既存企業が最も対抗しにくい。
例:カーシェアリング。クルマを所有・レンタルする代わりに、多人数で共有し15分単位で利用できる会員制課金モデル。タイムズ24は時間貸し駐車場網を活かし拠点を大量に確保。既存資源を活かしつつ、提供価値・顧客層・収益モデルを刷新した典型。
プロセス改革型(既存の提供価値 × 既存の儲け方 × プロセス変革)
製品・価格帯は大きく変えず、バリューチェーンやオペレーションの工夫で優位をつくる。
例:「俺のイタリアン/俺のフレンチ」。一流シェフ×高級食材×低価格を、立ち飲み中心で回転率と収容力を上げることで実現。「やめる(フルサービス)」「強める(料理品質)」の組み合わせで強固なモデルにしている。プロセスを変えることで新しい価値提供に成功した。
ゲーム・チェンジャーに直面したときの4つの対応
- 無視する:最も簡単だが、市場を奪われるリスクが高い。ハイブリッド車を軽視した欧州メーカーは後に参入を余儀なくされた。任天堂のスマホゲーム対応も同様の教訓。
- 正面から戦う:富士フイルムのデジタルカメラ事業の例のように、失敗リスクが高い。
- 搦め手で戦う:自社の強みを活かし戦場をずらす。野村證券はネットトレードを優良顧客向けの周辺サービスとして位置づけ、基幹ビジネスを守った。
- 逃げる:戦場を変える。海外の低価格英会話と競わず、ベルリッツは語学からビジネス教育へ軸足を移そうとしている。
戦い方の原則とまとめ
どの選択肢でも、相手の手を冷静に分析し、模倣されにくい反撃を設計することが重要だ。玉砕戦は避け、激変の時代をチャンスと捉えて「安住」にとどまらず、事業モデルの見直しとアップデートを継続していくべきである。
批評
良い点
本書の強みは、「製品・サービスの新規性×儲けの仕組みの新規性」というシンプルな2軸で“ゲーム・チェンジャー”を4類型に切り分け、競争の土俵が変わる局面を見える化した点にある。LINEの無料通話、スマホゲーム、GoPro、東進ハイスクール、カーシェア、そして「俺のシリーズ」と、消費者価値の源泉がどこにあるか(価格・体験・利便・回転率など)を具体例で手触りよく示す。さらに、 incumbents の対応として「無視/正面/搦め手/撤退」の4戦略を掲げ、理論にとどめず実務の意思決定に接続している。価値仮説→収益化→オペレーション(プロセス)までを一連で追う構成は、現場での検討会の骨格として使い勝手がよい。
悪い点
一方で、成功事例中心ゆえの選択バイアスが濃く、失敗・副作用の分析が薄い。例えば価格破壊や無料化の背後にある補助金モデル、プラットフォーム依存や規制対応、スイッチングコストといった摩擦の扱いが簡略化され、因果が直線的に語られがちだ。また、4象限は直感的だが、同一企業が時間とともに象限を移動する「動学」の視点(例:無料で獲得→後年の収益化転換、周辺事業の束ね直し)が弱い。さらに、競争優位の持続性を左右するデータネットワーク効果や補完財エコシステムの設計、組織ケイパビリティの転地(人事評価・KPI・資本配分)には踏み込み不足で、読後に「どう測るか」「どこまで賭けるか」の実装論が残る。
教訓
読み手が持ち帰るべきは、①まず相手の型を見極め、価値提供と収益化のズレ(誰が払うか/いつ払うか)を特定する、②正面衝突よりも“戦場ずらし(チャネル・顧客・利用シーン)”で比較優位に寄せる、③プロセス改革は“やめる・強める・混ぜる・単純化”の設計原則で速く検証する、の三点だ。あわせて、カニバリゼーション許容や小規模実験のための予算枠、撤退基準の事前定義、先行指標(獲得コホート・利用深度・ユニットエコノミクス)の運用など、意思決定の運用設計が競争戦略そのものになる。つまり“型の診断”と“組織の可動性”をセットで準備することが、ゲーム・チェンジャー時代の実行力である。
結論
本書は、混線する新旧競争を整理する「方位磁針」として有益で、とりわけ会議室での共通言語を与える点で価値が高い。ただし、フレームは地図にすぎない。読者はこれを出発点に、動的な象限移動、補完財とデータの蓄積、規制・プラットフォームの外部条件を織り込んだ“実験―学習―拡張”のループを設計すべきだ。見せかけの安住から一歩出るとは、魅力的な価値仮説に小さく賭け、測り、捨て、育てることを制度化すること。ゲームを変えるのは新参者だけではない――既存企業もまた、学び方を変えることでゲームの書き換えに参加できる。