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「今治タオル 奇跡の復活 起死回生のブランド戦略」の要約と批評

著者:佐藤可士和、四国タオル工業組合
出版社:朝日新聞出版
出版日:2014年11月20日

四国のマンチェスターと呼ばれた今治の栄光と衰退

今から約90年前、愛媛県今治市は「四国のマンチェスター」と呼ばれるほどの一大織物産地だった。しかし1990年代後半から輸入品が急増し、日本のタオル産業は苦境に陥る。国内生産の4割以上を担っていた今治タオルも、1991年をピークに生産量が5分の1まで落ち込んだ。

OEM依存がもたらした産地の危機

1970年代後半以降、今治のタオルメーカーはバーバリーやセリーヌなどのOEM生産に依存していた。そのため在庫リスクはなかったが、輸入品が増えると自主的な企画や販売力を失ってしまい、危機に直面した。

組合によるセーフガード申請と挫折

危機感を抱いた四国タオル工業組合は2000年から行動を開始。デモや中国・ベトナムからの輸入品に対するセーフガード申請を行った。しかし2004年に未成立となり、国は自動車産業などへの報復リスクを避けたのだった。

新産地ビジョンの策定

経産省は繊維産業を見捨てず、独自に小売りに挑戦する企業に補助を決定。これを受け組合は「新産地ビジョン」を打ち出し、コーディネーター導入やマイスター制、海外展開などを盛り込んだ。これが後の復活につながる。

佐藤可士和氏との出会い

2006年、コンサルタント富山達章氏が佐藤可士和氏にプロジェクトを依頼。当初は難しいと感じた佐藤氏だったが、今治タオルの品質に触れた瞬間「やろう」と決意した。

今治タオルの価値の定義

プロジェクトで設定された本質的価値は「安心・安全・高品質」。問題はそれをどう伝えるかだった。好みよりも「わかりやすさ」を優先し、シンプルで明快なブランド戦略を構築することになった。

ロゴマーク誕生の背景

最初に取り組まれたのはロゴ開発。「imabari towel」と表記し、品質保証のシンボルとした。白・青・赤の3色で自然と産地の活力を表現し、300以上の案から選ばれた。

白いタオルという象徴

ブランドの核心を伝えるため、キープロダクトを「白いタオル」と設定。各社が最高の白いタオルを作り、安心・安全・高品質をわかりやすく示す象徴となった。

プロジェクト発表とメディア反響

2007年、東京・青山でプロジェクトを発表。ロゴと「白いタオル」のインパクトで注目を集めた。だが販売拠点が不足しており、急ぎ東京での常設販売が課題となった。

伊勢丹での常設販売と全国への広がり

組合は伊勢丹との商談に成功し、常設販売を開始。NHKにも取り上げられ、「今治タオル」の名は全国に広まった。

タオルソムリエ・マイスター制度

「一番いいタオルは?」という問いに答えられなかった経験から、消費者に合うタオルを提案できる「タオルソムリエ制度」が誕生。さらに職人の技術継承を目的に「タオルマイスター制度」も制定された。

東京出店とブランドの定着

プロジェクトは5年目で自立し、2012年に南青山に直営店を開設。当初想定の3倍の売上を記録し、産地認知度も7割を超えた。

世界に挑む今治タオル

今治タオルはブランド再生に成功した。しかし今後はその価値を守りながら、世界に通用する「JAPANブランド」へと成長させることが最大の課題である。

批評

良い点

本書の最も優れている点は、今治タオルの復活劇を単なる成功物語として描くのではなく、衰退から再生に至るまでの経緯を丁寧に追い、産地全体が直面した困難を赤裸々に示していることである。輸入品の激増、OEM依存による体質の脆弱さ、政府のセーフガード不成立といった逆風を、経済構造や国際関係の観点からも描写しているため、単なる産業史を超え、時代背景を踏まえた社会経済的な読み応えを生んでいる。また、ブランド戦略がどのように構築されるのかを「本質的価値の設定」「ロゴマーク開発」「白いタオルの選定」といったプロセスを通じて具体的に提示しており、ブランディングの教科書的側面も持ち合わせている。さらに、タオルマイスター制度やソムリエ制度といった人材育成の取り組みにも光を当てることで、単なる商品戦略ではなく産地の未来を見据えた包括的な再生策であることを伝えている点も評価できる。

悪い点

一方で、本書にはいくつかの弱点もある。まず、物語が成功に至る道筋を強調するあまり、失敗や摩擦、利害の衝突といった「負の側面」の掘り下げが浅い。100社以上のメーカーをまとめ上げる過程では、当然ながら対立や不満が存在したはずだが、その部分はほとんど描かれず、読者には「奇跡的に一致団結した」という印象を与えてしまう。また、ブランド戦略の具体的効果や市場データの提示は部分的で、売上推移や消費者の購買行動の変化が定量的に示されていないため、成果の実態を評価するにはやや物足りない。さらに、佐藤可士和氏の手腕やデザイン哲学への言及が多く、彼個人のヒーロー物語に寄りすぎる傾向があり、今治の地場企業や職人たちの声が相対的に薄れている点は惜しい。

教訓

本書から読み取れる最大の教訓は、産業の生き残りには「品質の高さ」だけでは不十分であり、それを適切に「伝える」戦略が不可欠であるという点である。どれほど優れた製品でも、市場においては埋没してしまうことがある。今治タオルは「安心・安全・高品質」という本質的価値を明確に打ち出し、視覚的に訴えるロゴや、象徴性の高い「白いタオル」を通じて、わかりやすいメッセージを発信したことで存在感を取り戻した。また、産地全体が一枚岩となって取り組む姿勢、技術継承と人材育成を組み込んだ長期的な戦略がブランドの持続可能性を支えている。さらに、この物語は「危機は変革の契機である」という普遍的な真理を示しており、他の地場産業や中小企業にも応用可能な示唆を含んでいる。

結論

総じて本書は、今治タオルの復活を題材に、産業再生の本質を浮き彫りにする優れたケーススタディである。ブランディングを単なる広告やデザインの話ではなく、産地のアイデンティティを再構築し、消費者に信頼と価値を伝える総合的戦略として描いた点は高く評価できる。とはいえ、物語を成功譚として美化しすぎている側面もあり、より批判的・多面的な視座があれば、さらに説得力を増しただろう。それでもなお、この書は「ものづくり日本」が抱える課題と可能性を示す生きた教材であり、地域ブランド戦略を考えるすべての人にとって必読の一冊といえる。