著者:梅木雄平
出版社:ソーテック社
出版日:2014年04月10日
グロースハックとは何か
インターネット業界、特にスタートアップ企業の中で注目されている「グロースハック」。日本では2012年末から広がり始めた考え方である。本書は豊富な事例を交えながら、この新しい手法を丁寧に解説している。
本書の構成
本書は7部構成。Part 1ではグロースハックの概念、Part 2では代表事例、以降ではAARRRフレームワークに基づいた具体的な施策が紹介されている。
グロースハックの基本概念
グロースハックは「継続的にプロダクトやサービスを伸ばす仕組み作り」を意味する。成長を仕組み化し、それを担う人材を「グロースハッカー」と呼ぶ。
お金ではなく知恵で成長を目指す
スタートアップには広告予算が限られるため、知恵を使った施策が必要となる。データ分析をもとに改善を積み重ねることが、成長の鍵となる。
改善の積み重ねが重要
会員登録率を1%でも向上させるなど、小さな改善を継続することで成長につながる。地道な改善こそがサービスを強くする。
AARRRフレームワークとは
グロースハックの基本枠組みであるAARRRは次の5段階で構成される。
- Acquisition(ユーザー獲得)
- Activation(ユーザー体験最大化)
- Retention(再訪・リピート利用)
- Referral(口コミ・招待)
- Revenue(収益化)
Acquisition(ユーザー獲得)の施策
認知と会員登録の2段階に分かれる。A/Bテストやデザイン改善で登録率を高める。事例としてreluxやMONOCOの施策が紹介されている。
Activation(ユーザー体験最大化)の施策
ユーザーにサービスの価値を理解させ、夢中になってもらうことが目的。メルカリでは文言変更や問い合わせガイド整備など、細かな改善を積み重ねている。
Retention(継続率向上)の施策
プッシュ通知やメール通知を活用し再訪を促す。Growth Pushの事例では、絵文字を入れた通知で再訪率が1.5倍になった。
Referral(口コミ拡散)の施策
友人招待やSNSシェアによって利用者を増やす。マンガボックスではシェアによって次号が読める仕組みを導入し、大きな拡散効果を得ている。
Revenue(収益化)の施策
サービス特性に応じた収益化施策を行う。カラメルでは検索窓やボタンデザインの改善で売上増加を狙った。収益化にはスピード感あるA/Bテストが欠かせない。
グロースハック成功の鍵
施策と改善を繰り返すスピードが最も重要。小規模チームで短期間のサイクルを回すことが成功につながる。
批評
良い点
本書の大きな魅力は、抽象的な理論にとどまらず、豊富な実例を通じて「グロースハック」という概念を具体的に解き明かしている点にある。単なる流行語やバズワードとして消費されがちなテーマを、AARRRという明快なフレームワークに基づいて整理していることは、読者にとって非常に理解しやすい。さらに、メルカリやreluxといった国内外の実在するサービスを題材にしているため、実務に直結するイメージを持ちやすい。抽象論に頼らず「この施策で登録率が何%向上した」といった具体的数値を伴って語られる点は、実用書としての説得力を高めている。
悪い点
一方で、本書の限界も見えてくる。第一に、紹介されている事例が比較的古い時期に偏っており、特に急速に変化するインターネット業界では陳腐化のリスクが高い。2013年前後のツールやサービスを中心に構成されているため、今日のプロダクト開発やマーケティング環境にそのまま適用できるかは疑問が残る。また、施策の多くが「A/Bテスト」や「文言変更」といった比較的ミクロな改善に集中しており、事業戦略全体の視点からの「グロースハック」論はやや不足している。読み進めるうちに、個別テクニックの寄せ集めと感じてしまう読者も少なくないだろう。
教訓
それでも本書から得られる最大の教訓は、スタートアップにおける「知恵と改善の積み重ね」が成長の核心であるという点だ。資金力に乏しい環境では、派手な広告投資やマスプロモーションは不可能である。だからこそ、ユーザー体験を徹底的に磨き上げ、登録フォームのデザイン変更や通知文言の工夫といった小さな実験を繰り返すことで、着実に数値を積み上げていく姿勢が重要になる。この姿勢はグロースハッカーだけでなく、あらゆる事業家やマーケターにとって普遍的な学びといえる。また、紹介されている事例は単に数字の改善にとどまらず、ユーザーにとって「便利で快適なサービス」を形作ることにもつながると示されており、短期的成果と長期的価値創造の両立を教えてくれる。
結論
総じて本書は、グロースハックという概念を初めて学ぶ読者にとって格好の入門書である。AARRRという枠組みは今なお応用可能であり、そこに示される「データを根拠にした改善の積み重ね」という姿勢は、時代を超えて有効な実践知だ。ただし、紹介される具体例やツールは古さが否めず、現代のプロダクト環境にそのまま適用するには限界がある。したがって、本書を読む際には「歴史的文脈におけるグロースハックの基礎」として位置付け、現代的なツールや最新の事例と照らし合わせながら批判的に咀嚼することが望ましい。そうした読み方ができれば、本書は単なる過去のノウハウ集を超え、持続的成長の原理を考えるための強固な出発点となるだろう。