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「できないとは言わない。できると言った後にどうやるかを考える」の要約と批評

著者::丹下大
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2014年05月29日

SHIFTと新規事業「Scentee」の挑戦

著者が創業した会社「SHIFT」は、プログラミングのテスト工程を専門に受注して成長する中、大胆な新規事業「Scentee(センティー)」に挑戦している。これはスマホを通じて香りのコミュニケーションを実現する革新的な仕組みであり、海外メディアやNHKなどでも取り上げられて注目を集めている。

「できない」を「できる!」に変える思考法

SHIFTが常識破りのサービスを実現できる理由は、「できない理由」を飛び越え、常識や考え方、生き方をシフトする姿勢にある。
そのために必要な3つのステップは以下の通りである。

  1. 同じ人間なら、自分にもできる。
  2. 圧倒的なコンセプトを生み出す。
  3. ゴールに向かって努力し、背中で周囲をシフトさせる。

カギは「共感を集められるゴールを描くこと」にある。

マズロー欲求段階とビジネスへの応用

経済的に発展した日本では、生理的欲求や安全欲求は満たされている。次に重要なのは「お金ではない恩恵」であり、仲間づくりや経験の共有が価値を持つ。
著者は社長会の進行役や社内サークルを推奨し、共感と尊敬を生むコミュニティ形成を進めている。

共感が生む挑戦とエモーション

人は励まされることで挑戦を続けられる。著者自身もビジネス、英語、トライアスロンに挑戦している。
その背景にはマズローの「所属欲求」「承認欲求」があり、Facebookの「いいね!」やTwitterのフォロワー数などが共感の媒体となるが、「保存性」に欠ける点が課題である。

新しい価値の単位「Tangi」

著者は、お金を介さない信頼の証として「Tangi」という単位を提唱している。
BS(貸借対照表)にたとえると、資産はDNAや教育、人脈など、負債は教育資金やコスト、純資産は「共感力」として算出できる。これにより、自分の棚卸しが可能になる。

「Scentee」の仕組みと反響

Scenteeは専用アプリと「香りタンク」を組み合わせ、SNSで友人を選びパフボタンを押すと香りが送れる仕組み。
2012年のバルセロナのモバイル祭典で発表され、国内外のメディアに大きく取り上げられた。
世界的メーカーからの問い合わせも殺到し、その発想は女性社員の「携帯から香りが出たら面白い」という一言から生まれた。

著者の原体験と母の影響

著者に最も影響を与えたのは母であった。母は公務員として働きながら「公務員だけにはなるな」と言い、サラリーマン像を否定的に語った。その影響で著者は「社長になる」と決意する。

学生時代の挫折と再挑戦

大学卒業後、就職先が決まらず挫折。仲間との縁を切り、猛勉強の末に複数の大学院へ合格した。そこで「30歳までに年収1000万円を稼ぎ、起業する」と目標を立てた。

コンサル時代の泥臭い挑戦

就職先のコンサル会社インクスで、著者は頭脳戦だけでなく雑務も率先して引き受け、周囲から「使い勝手の良い男」と認められた。結果としてプロセス改善事業を成功させ、年収1000万円を達成する。

起業とSHIFTの誕生

その後「未来を創る」という哲学を掲げ、SHIFTを創業。理念は「新しい価値を誠実に提供する」の一文のみだった。
当初は苦しい経営が続いたが、楽天のテスト事業を手掛けるチャンスを得て大成功を収めた。

「あおり力」で未来をつくる

実績ゼロでも「できます!」と名乗り、周囲や自分を「あおる」力が成功の原動力となった。
結果、売上は2010年の2億円から2014年には20億円規模へと急成長した。

これからの展望

著者は30歳で起業して9年、40歳を迎える今も「できないことをできる!」と挑戦を続ける姿勢を崩さない。日本発・世界初のサービスを今後も創り出すことを明言している。

批評

良い点

本書の最も評価すべき点は、著者が「できない」を「できる」に変えるための具体的な哲学と実践的な手法を提示していることにある。特に、SHIFTの成長や「Scentee」のような突拍子もないアイデアが、単なる奇抜さではなく、明確な信念と周囲を巻き込む力によって実現された過程が生き生きと描かれている点は、起業家やビジネスパーソンにとって強い刺激となる。また、マズローの欲求段階説をビジネスや人間関係のモチベーション設計に応用し、金銭的価値を超えた「共感」の力を重視している点も独自性がある。さらに「Tangi」という新しい指標を導入し、信頼関係や共感を可視化しようとする試みは、従来の経済価値基準に一石を投じる発想であり、極めて創造的である。

悪い点

一方で、本書にはいくつかの弱点も見受けられる。第一に、著者の「できる!」という自己暗示的な姿勢が強調されすぎており、ビジネスにおけるリスクや失敗の具体的な分析が希薄である。そのため、読者が再現可能なノウハウとして消化しにくい側面がある。第二に、「Scentee」の事例は確かに話題性があるが、事業として持続的に収益を生み出したかどうか、また市場での評価がどう帰結したのかについては深掘りされていない。結果として、「奇抜さは認めるが実用性に乏しいのでは」という疑問が残る。また、著者の原体験や母親との関係の描写は人間味があるものの、やや感情的に流れやすく、ビジネス書としての論理的な一貫性を欠いている印象も否めない。

教訓

本書から得られる最も重要な教訓は、「できない理由を探すより、できる方法を探すこと」に尽きるだろう。著者の歩みは、環境や資源の不足を嘆くのではなく、信念と行動によって周囲を動かす力が未来を切り拓くという実例である。また、人とのつながりを「資産」として捉え、共感や信頼を積み重ねることで長期的な価値を創造できるという考え方は、現代のSNS社会やコラボレーション重視の時代において示唆に富む。さらに、挑戦は孤独なものではなく、仲間やコミュニティとの共感によって推進されるという視点は、個人のキャリア形成だけでなく組織経営においても大いに応用可能である。

結論

総じて本書は、奇抜な発想力と強烈な自己信念によって「できない」を「できる」に変えてきた著者の人生と哲学を濃密に描いた挑戦の書である。確かに誇張や感情的な側面はあるものの、その熱量が読者に「自分にもできるのではないか」と思わせる力を持っている点で、モチベーションブックとしては大きな価値がある。特に既存の枠組みに囚われがちな日本社会において、「妄想」と呼ばれるようなアイデアでも信じ抜けば形になる、という著者のメッセージは強いインパクトを放つ。従って、実務的な手法を求める読者にはやや物足りなさが残るかもしれないが、行動を促すエネルギーを得たい人にとっては十分に読む価値のある一冊である。