著者:日経コミュニケーション編集、榊原康
出版社:日経BP
出版日:2013年12月24日
ソフトバンクの強みは経営判断の速さ
ソフトバンクの幹部が自信を持って語るのは、経営判断のスピードだ。「経営のスピードでは負けない」と豪語するほどである。
独特な経営会議のスタイル
一般的な会議と異なり、ソフトバンクでは役職に関係なく、その議題に最も詳しい人を招集する。不明点があれば即座に人を追加し、数人で始まった会議が20~30人に膨れ上がることも珍しくない。議論は激しく、孫社長ですら言い負かされることがある。
数字至上主義が支えるスピード経営
アイデア先行に見えるが、その裏には徹底した数字重視の姿勢がある。目標と期限を数値で定め、逆算して施策を考える。進捗確認と修正を繰り返し、良い誤差でも理由を追及する。根拠が数字で示されれば、巨額の予算も即決される。
失敗を恐れず挑戦する文化
ソフトバンクでは成功も失敗も実績として蓄積される。社員は失敗を恐れず実践に挑み、その経験が次の成果につながる。これが通信業界の激しい変化に対応する強みとなっている。
実力主義と昇進の仕組み
成果を上げる者は役職に関係なく昇進できる。アルバイトから部長代行にまで昇格した例もある。派閥もなく、出身母体に関係なく成果のみで評価されるため、社員の達成意欲は非常に高い。
孫正義社長の「動物園」と呼ばれる会議
経営会議は即断即決で進み、まさに「動物園」のような熱気に包まれる。意見がぶつかり合う中で、多くの革新的な判断が下されていく。
ライバルKDDIとの攻防
2012年のiPhone 5発表会では、孫社長の挑発的な発言がKDDI社長を怒らせた。しかしその直後、ソフトバンクはテザリング対応やイー・アクセス買収でKDDIを出し抜き、ライバルを出し抜くスピード経営を実証した。
後継者育成への取り組み
2010年に「ソフトバンクアカデミア」を開校し、後継者育成に着手した。孫社長は細部へのこだわりが強く、時に辛辣な指摘をする一方、豪快でユーモラスな一面も持つ。
孫社長の人を惹きつける力
優秀な人材を見つければ引き抜き、取引先も「同志」と呼ぶ。幹部は孫社長を「生まれながらのボス」と評し、強力な人脈と人を動かす力がソフトバンクを支えている。
独自の経営スタイルと今後の課題
ソフトバンクの強みは孫社長個人だけでなく、幹部や社員に浸透した企業文化にある。2010年に掲げた「新三〇年ビジョン」では「300年成長する企業」を目標とし、2040年には5000社規模の巨大グループを目指す。後継者問題を含め、その行方は注目される。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、ソフトバンクのスピード経営を具体的なエピソードを通じて描き出している点にある。一般社員や外部の専門家まで巻き込む「動物園」のような経営会議や、数字を根拠にすれば億単位の予算が即決される大胆さは、読者に強烈な印象を残す。さらに、失敗を恐れず挑戦を続ける文化や、成果主義による公平な評価制度も紹介されており、停滞に悩む多くの企業にとって刺激となる。単なる美談に終始せず、現場での衝突や混乱も包み隠さず描かれているため、経営の臨場感が生々しく伝わってくるのも大きな長所だ。
悪い点
一方で、スピードを最優先とする経営スタイルの裏に潜むリスクについては、やや踏み込み不足が否めない。即断即決の利点は理解できるが、拙速ゆえに戦略の綻びや現場の疲弊を招く危険性もあるはずだ。また、孫正義氏の強烈な個性とカリスマに依存する面が強調されており、後継者問題や組織的な持続性に関しては不安を残す。企業文化を維持するための制度的な仕組みや、経営の暴走を防ぐセーフティネットについてはほとんど語られていない点が惜しい。
教訓
本書から得られる教訓は、企業の成長に必要なのは「大胆さ」と「実証主義」の両立であるということだ。ソフトバンクは突飛な発想をすぐに試し、失敗してもそれを学習資源として活かす。つまり、リスクを恐れるよりも、挑戦と修正を繰り返す中で強靭な競争力を築いていく姿勢こそが重要だと教えている。また、数字を基盤にした冷静な検証を怠らない点は、単なる勢い任せの企業とは一線を画している。個人の能力や背景に依存せず成果で評価する仕組みも、多様な人材が活躍できる環境づくりの示唆を与えてくれる。
結論
総じて本書は、ソフトバンクの経営スタイルを通じて「変化を恐れず、挑戦と改善を積み重ねることの重要性」を力強く訴えている。孫正義氏という稀代のリーダーが築き上げた企業文化は、日本企業にありがちな慎重さや保守性とは対照的であり、成功も失敗も糧にする柔軟さが企業を押し上げる原動力となっている。ただし、カリスマ経営者に依存した体制の持続性には課題が残る。今後、後継者や次世代リーダーがこの文化を継承し、さらに発展させられるかどうかが、ソフトバンクの未来を左右するだろう。本書は、その成否を占う上で格好の導入編となる批評的ドキュメントである。