著者:日経BPビジョナリー経営研究所
出版社:日経BP
出版日:2013年09月12日
震災直後の決断
2011年3月11日、東日本大震災が発生。被害の深刻さが広がる中、ヤマトグループは大胆な決断を下しました。
「宅急便1個につき10円」をヤマト福祉財団を通じて被災地支援に寄付するというものです。宅急便の値上げは一切行わず、自社の利益を削ってまで実行する取り組みでした。
合言葉は 「宅急便ひとつに、希望をひとつ入れて。」。
結果として寄付額は142億円を超え、31件の事業に助成されました。
小倉昌男の精神「サービスが先、利益は後」
宅急便の生みの親・小倉昌男氏の信念である「サービスが先、利益は後」が、この決断の根底にありました。単なる寄付ではなく、自らの目で効果を確認できる支援を目指したのです。
助成先の選定と委員会
助成先は有識者による「復興支援選考委員会」が選定。選定基準は以下の3点でした。
- 見える支援・早い支援・効果の高い支援
- 国の補助が得にくい事業
- 新しい復興モデルの創出につながる事業
支援事例:南三陸町の魚市場
宮城県南三陸町の仮設魚市場は、ヤマトの助成で早期再開が実現。
もし再開が遅れていれば、町の人々が離れてしまう恐れがありました。復旧のスピードが地域再生に直結することを証明した事例です。
木川社長の覚悟
2011年4月1日、ヤマトホールディングス新社長となった木川氏は「宅急便1個につき10円を寄付する」と発表。純利益の4割に相当する前例のない決断に、社員や株主からも賛同の拍手が送られました。
さらに財務省に働きかけ、寄付金を「指定寄附金」として法人税の課税対象外とすることに成功しました。
投資的視点での寄付
ヤマトの寄付は「公平な分配」ではなく、地域再生に資する事業体への「投資」という考え方で行われました。
結果を伴う支援を重視し、魚市場や保育所の再建など、生活と産業の基盤を早期に立て直す事業に資金が集中投下されました。
具体的な支援例
- 大船渡魚市場:製氷能力を震災前の3倍に増強。
- 野田村保育所:高台に新築移転し、2012年11月に開所。
CSV(共通価値の創造)とのつながり
ヤマトの取り組みは、ハーバード大学マイケル・ポーター教授の提唱する CSV(Creating Shared Value) の思想と重なります。
本業を通じて社会と共生し、持続的に価値を生み出す企業姿勢がここに表れています。
未来への誓い
宅急便は、今や電気・ガス・水道と並ぶ社会インフラ。
ヤマトグループは創業100周年を迎える2019年に向け、「社会から最も愛され信頼される企業」となることを誓いました。
批評
良い点
本書の最も優れた点は、単なる美談に終始せず、企業としての意思決定の過程や仕組みを丁寧に描いている点である。単発の寄付や感情的な善意ではなく、「宅急便1個につき10円」という仕組み化された形で社会貢献を行ったこと、さらに財団を通じて透明性や持続可能性を確保しようとした工夫がよく示されている。また、復興支援を「投資的視点」で捉え、単に公平に配るのではなく「効果を生むかどうか」を重視した点も、従来の寄付観を超えた実践例として評価できる。南三陸町の魚市場や野田村保育所など具体的事例が豊富に示されているため、読者は寄付金がどのように「生きた」支援になったのかを実感できるのも大きな強みだ。
悪い点
一方で、本書の弱点は冗長さと情報の過剰さにある。エピソードや数値、関係者の名前、制度的な説明などが次々と登場するため、読み進めるうちに焦点がぼやけてしまう場面が少なくない。例えば「指定寄附金」の説明や株主総会でのやりとりは重要であるものの、やや詳細に踏み込みすぎていて、全体のリズムを損なっている。また、ヤマトグループの取り組みを称賛するトーンが一貫して強いため、批判的な視点や限界点が十分に示されていない点も気になる。結果として、ドキュメンタリーというよりも企業広報的な印象を与え、読者に「美化しすぎているのでは」と疑念を抱かせかねない。
教訓
本書から導き出される教訓は二つある。第一に、企業の社会貢献は一過性の寄付や広告的なパフォーマンスではなく、本業と結びついた持続可能な仕組みとして設計されるべきだということだ。「サービスが先、利益は後」という理念のもと、事業活動の一部を社会に還元する発想は、現代の「共通価値の創造(CSV)」に直結する。第二に、復興支援においては「公平さ」よりも「効果」を重視することの重要性である。形式的な平等が必ずしも地域の再生につながらないという指摘は、行政の支援策にも通じる鋭い示唆を含んでいる。人を元気にし、地域の再建を実質的に加速させる支援こそが真に意味のある援助なのだ。
結論
総じて、本書はヤマトグループが東日本大震災に際して示した「社会と企業の新しい関係」を描いた記録であり、社会貢献のモデルケースとして高い価値を持っている。やや冗長さや称賛一辺倒の側面は否めないが、寄付金が具体的にどのように地域を立て直したのかを明快に示す点で、読む者に強い印象を残す。企業が災害時に果たし得る役割を考える上で、この事例は「理念と実践」「利益と社会性」を両立させた稀有な取り組みとして参照に値する。震災から年月が経った今でも、この記録は「社会から最も信頼され愛される企業」とは何かを問い続ける力を持っていると言えるだろう。