著者:デイヴィッド・ケリー、トム・ケリー、千葉敏生(訳)
出版社:日経BP
出版日:2014年06月24日
すべての人間はクリエイティブである
IDEOの創設者デイヴィッド・ケリーとトム・ケリーは、「人間は誰でも創造性を持っている」という信念を持つ。創造性は特別な才能ではなく、思考や行動の一部であり、無限の可能性を秘めている。
創造性を活かすために必要な自信
創造性を価値あるものにするには、アイデアを実行に移す勇気が必要だ。そのために求められるのが「クリエイティブ・コンフィデンス」、すなわち創造性への自信である。本書は、この力を育むことを目的としている。
創造性は幅広い分野で役立つ
芸術だけでなく、あらゆる分野で創造性は活かせる。クリエイティブ・コンフィデンスがあれば、新しい問題解決のアプローチを生み出すことができる。
イノベーションに必要な3つの要因
イノベーションには「技術的要因」「経済的実現性」「人間のニーズ理解」の3つが不可欠である。いずれかが欠けると真の成功は得られない。
ダグ・ディーツのMRI改革の事例
GEのダグ・ディーツは、子どもに恐怖を与えるMRIを海賊船や宇宙船にデザインし直し、冒険物語として体験できるよう工夫した。その結果、鎮静が必要な患者は大幅に減少した。
デザイン主導イノベーションの4段階
イノベーションは「着想」「統合」「アイデア創造と実験」「実現」の4段階を経て進む。共感を起点に、観察を抽象化し、多様なアイデアを試し、改善を重ねて実現へと導く。
失敗を恐れず学ぶことの重要性
失敗は痛みを伴うが、成功のためには不可欠な要素である。エジソンも「成功は実験の数にある」と述べており、失敗を通じて成長することが重要だ。
日常生活で創造性を育てる方法
創造性は日々の生活で繰り返し育てていくもの。本書では「共感」を含む8つの方法が紹介されている。現場で観察し、人々の体験を理解することが革新的なアイデアにつながる。
エンブレイス・インファント・ウォーマーの事例
低体重児の命を救う安価で使いやすい保育器は、現地調査から「病院ではなく地方の母親が必要としている」という気づきを得て改良された。共感がイノベーションを方向づけた事例である。
スタンフォードdスクールと「パルス・ニュース」
dスクールのクラスで誕生したニュースアプリ「パルス・ニュース」は、試行錯誤と素早い改良を繰り返し、世界的に人気を博した。重要なのは計画より行動である。
行動と改良の繰り返しこそ創造性
創造性とは一瞬のひらめきではなく、何百回もの試行錯誤の積み重ねである。アイデアをいかに早く行動に移し、改善を重ねられるかがイノベーションの核心である。
批評
良い点
本書の最大の魅力は「創造性は誰にでも備わっており、それを解放する鍵は自信と行動である」という力強いメッセージである。クリエイティブ・コンフィデンスという概念は、創造性を特権的な才能から解放し、誰もが日常的に実践可能なものとして提示している。また、豊富な実例が読者を説得する。MRIスキャナーを子どもの冒険に変えた事例や、エンブレイス・インファント・ウォーマーの開発物語は、単なる理論ではなく「共感」が現実の課題解決に直結することを示しており、読者に強いインパクトを与える。さらに、プロトタイプを迅速に試し、失敗から学ぶ重要性を説く姿勢は、イノベーションの実践的な教科書として高く評価できる。
悪い点
一方で、理想主義に寄りすぎている点は否めない。すべての人が創造的であると断じる主張は鼓舞的である反面、現実の制約や個人差をやや軽視しているように感じられる。また、豊富な事例が提示されるが、それらはいずれも成功例に偏っており、創造性を育む過程で直面する葛藤や失敗の泥臭さが十分に描かれていない。さらに、「共感」や「迅速な行動」の重要性が繰り返し強調されるため、読者によっては冗長に感じられる可能性がある。つまり、普遍的な真理を提示する一方で、現場での適用の難しさや文化的・組織的な障壁に対する具体的な処方箋にはやや乏しい。
教訓
本書から得られる最も重要な教訓は、創造性はひらめきの一瞬ではなく、行動と実験の連続の中で育まれるという点である。数多くのアイデアを試し、失敗を恐れずに小さく早く実行することが、最終的に大きな成果につながる。また、単に技術や経済合理性に依存するのではなく、人間の深いニーズや感情に共感することでこそ、革新は本当の意味で社会的価値を生む。さらに、創造性は一度得れば終わりではなく、日常の中で継続的に鍛える必要があることも強調されている。つまり、創造性とは特別な才能ではなく、筋肉のように反復によって強化されるスキルだと理解できる。
結論
総じて本書は、イノベーションやデザイン思考に関心を持つ人にとって実践的な指南書であり、同時に勇気づける応援歌でもある。現代社会において「正解」をなぞるだけでは通用しない状況が増えるなか、創造性と行動力を兼ね備えた人材が求められている。本書はそのような時代的要請に応える指針を提供している。ただし、実務的な障害や組織文化の壁を越えるためには、ここで語られる理論をそのまま適用するだけでは不十分であり、読者自身が環境に即して応用する工夫が欠かせない。したがって本書の価値は、完成されたマニュアルではなく、読者の思考を刺激し、行動へと駆り立てる触媒にあると言える。