著者:村田朋博
出版社:日本経済新聞出版社
出版日:2016年03月24日
電子部品産業における高収益の秘密
電子部品産業では、キーエンスが営業利益率53%、ヒロセ電機26%、村田製作所21%と、非常に高い収益性を示す企業が目立っています。
その理由は、「常に人と違うことをめざす」という思想のもと、あえて自社の事業領域を限定し、競合を避けて自社だけが生き残れる「ニッチ市場」を築いているからです。
利益率を決めるのは技術力ではなく「力関係」
利益率は、必ずしも技術力で決まるものではありません。
たとえ味の悪いラーメン店でも、その地域に1店舗しかなければ、消費者はそこに行かざるを得ません。
同様に、どれだけ優れた技術を持っていても、競合が多数存在すれば利益を出すのは難しくなります。
著者が提唱するのは、「いかに競争しないか」を考え、顧客に意識されないまま寡占状態をつくることです。
寡占には次のような方法があります。
- 技術による寡占
- コスト競争力による寡占
- サービスによる寡占
- ブランドによる寡占
このように、他社と競わず自分だけの市場を見つける戦略を、著者は「ニッチ」と呼んでいます。
サービスによるニッチ戦略:コーセルの成功例
電源メーカーのコーセルは、業界平均を大きく上回る利益率を実現しています。
電源は差別化が難しく、価格競争に陥りやすい製品です。そこで同社は次の戦略を取りました。
- 標準品のカタログ販売を導入
- 顧客ごとの特注開発をやめ、汎用的な標準品に特化
- 在庫を常備し、短納期で出荷可能に
- 価格交渉をなくし、定価販売を実現
このように、既存の慣習を疑い、新たな販売モデルを築くことで独自の「ニッチ」を生み出しました。
日本企業が得意な「技術ニッチ」とその限界
日本企業は、技術で独自の市場を築くのが得意です。
技術が消費者の要求水準に達していないうちは、高い付加価値を得られます。
しかし、いったん技術が成熟し消費者のニーズを満たすと、関心は薄れ利益率が低下します。
例えば、20年前には重要視されたパソコンの処理速度も、今では購入の決め手になりません。
このため、技術以外の要素――小口対応・供給能力・ブランド力などでニッチを確立する必要があります。
村田製作所に学ぶ「特化戦略」の強さ
村田製作所は、電子部品業界で世界的な存在感を持ち、高い利益率を維持しています。
同社の売上の約70〜80%が世界シェア1位の製品によるものです。
- 誘導セラミックスと圧電セラミックスに集中し、「二大セラミックスの覇者」に
- ラジオ、テレビ、PC、携帯電話、スマホといった技術変化を乗り越え、ニッチ度を強化
- 三星電子などの脅威を受けても、独自の強みで生き残った
村田製作所のように、自社が世界一になれる分野に集中することが、高収益の源泉となっています。
多角化は例外的成功:京セラのケース
京セラは、通信サービス・情報機器・航空事業などに進出し、多角化でも成功しました。
しかし、これは同社の独自の経営手法による例外的な成功であり、他社が模倣するのは難しいと著者は指摘します。
企業が長期的に存続するための王道は「ニッチの強化」であるといえます。
アップルに学ぶ「水平分業」を味方につける戦略
アップルは、世界最大の時価総額企業となりました。その背景には1990年代の電機業界の水平分業化があります。
- 専門メーカーが開発・製造を担い、総合メーカーを駆逐
- アップルは世界中の優秀な企業を選び、電子部品を外部調達
- 自社は「製品を演出する存在」として価値を最大化
著者は、アップルを「ハイテク産業の秋元康」と表現しています。
演出家は特殊な能力が必要なため、一般企業が同じポジションを取るのは困難ですが、独自の技術や個性を持つニッチ企業であれば対抗可能です。
ニッチを生み出す「集中」の重要性
ニッチを実現するには、まず特定分野に集中することが重要です。
その結果、顧客が「○○なら××社」と認識し、相談が集まるようになります。
顧客の声から未来の技術変化を予測でき、さらに競争力を強化できる――これを著者は「ニッチ方程式」と呼んでいます。
また、事業選択では外部環境(市場成長性など)よりも、自社の強みが競争力を発揮できるかを重視すべきです。
成長市場だからと安易に参入すると、激しい競争で赤字に陥る危険があります。
新興国との競争を避ける4つの方向性
著者は、日本企業がアジアなど新興国と競争せず新たなニッチをつくるために、次の4つを提案しています。
- 知的財産を供給する(チエをつくる企業)
例:ARMが低消費電力MPUの技術ライセンスで高収益を実現。 - 部材を供給する(モノをつくるモトをつくる企業)
例:液晶パネル用の特殊部材を提供する日本企業は今も高利益を維持。 - 機械を供給する(モノをつくるモノをつくる企業)
例:三菱電機は空調・電力システムに転換し業績を回復。 - 投資する(スポンサーになる)
例:フランス・ワイン産業は米国ワイン企業と合弁し、競合を取り込んだ。
新興国企業が脅威になる場合、出資やパートナーシップによって競争を避けるのも有効だと著者は指摘します。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、単なる技術論や経営論を超え、「競争しない戦略」という明快なコンセプトを提示している点です。キーエンスや村田製作所といった高収益企業の実例を豊富に挙げ、なぜ彼らが高い利益率を維持できるのかを具体的に解き明かしています。特に「ニッチ」という概念を、単なる小規模市場ではなく“他社が容易に入り込めない独自の地位”として再定義した点が新鮮です。コーセルがカタログ販売によって価格競争を回避した事例や、村田製作所がセラミックスという限定分野で世界1位を確立したエピソードは説得力があり、読者の経営戦略への理解を深めてくれます。また、アップルを「ハイテク産業の秋元康」にたとえるなど、比喩表現も巧みで、複雑な産業構造の変化をわかりやすく伝えている点も秀逸です。
悪い点
一方で、いくつかの弱点も感じられます。まず、提示される事例の多くが製造業やハイテク分野に偏っており、サービス業やソフトウェア分野の経営者にとってはやや応用しづらい印象があります。また、「ニッチを極めよ」というメッセージが強すぎるあまり、リスク分散の重要性や市場変化によるニッチの陳腐化リスクには十分触れられていません。たとえば、特定分野に集中し過ぎることが技術革新や需要変化により一気に崩壊する危険性について、もう少し警鐘を鳴らしてほしかったと感じます。さらに、著者の提案する新興国との連携戦略(投資・供給・知財提供など)は示唆に富む一方で、実際の中小企業にとって実行可能性がどこまで高いかには疑問が残ります。理想論にとどまってしまうリスクも否めません。
教訓
本書から学べる最大の教訓は、「競争を避けることこそが最大の競争戦略である」という逆説的な真理です。高い技術力や大量の資本を持たなくても、「自分だけが価値を提供できる領域」を発見し育てれば、高収益かつ持続可能なビジネスを築ける可能性があると教えてくれます。さらに、ニッチの確立には「顧客の声を直接吸い上げる姿勢」と「徹底的な集中」が必要であることも重要なポイントです。特定分野で第一想起される存在になれば、顧客から未来のヒントを受け取れるという「ニッチ方程式」の概念は、規模拡大を盲目的に追い求めがちな経営者にとって有益な視座を与えるでしょう。加えて、外部環境(成長市場や競争状況)だけでなく、内部の強みに基づいて事業を選ぶべきだという示唆は、特に変化の激しい時代において価値があります。
結論
総じて本書は、競争の激化と市場のグローバル化に直面する日本企業にとって、戦略を再考させる良書です。成長産業に盲目的に飛び込むのではなく、自社の強みを軸に他者が入りにくいポジションを築くことの重要性を明快に示しています。一方で、ニッチ戦略が長期的に通用するかというリスク管理や、多様な産業への適用可能性については読者自身が補足的に考える必要があります。それでも、競争の真っただ中で疲弊する経営者や起業家にとって、「競争しない」という選択肢を提示する本書の価値は高く、戦略的思考を磨くきっかけになるでしょう。特に中堅・中小企業にとっては、世界的な競争力を持つ大企業と戦わずして生き残る道を見出すうえで大きなヒントを与えてくれます。